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第1回 「落ちこぼれ」を脳機能の視点で理解する

要旨:

誰にでも、得意なことと苦手なことがあるのは当たり前のことなのに、教師の教え方や学校で求められる成果が一律であれば、それになじまない子どもたちはどうしても落ちこぼされてしまう。ニューヨーク市教育庁は、2003年に公立学校の教員研修の一つとしてSchools AttunedRというプログラムを導入している。Schools Attunedでは、「8つの神経発達機能」の考え方をベースに子どものつまずきの背景や学習プロフィールを考えていく。School Attunedを受講した教師は、その子の観察、提出物、様々なエピソードなどから情報収集をして、その子のつまずきの原因となっている弱みを推理し、学習をどう支援していくかを見立てる力を身につける。

誰にでも、得意なことと苦手なことがある。ある人は、絵を描くことが得意で、人前で話すことが苦手かもしれない。またある人は、スポーツ大好き少年で、算数嫌いかもしれない。また別のある人は、文才に長けているけれど、地図は全く読めないというかもしれない。

 

どの学校にも、ある特定の「苦手さ」「弱さ」から、学習活動や学校生活に支障をきたしている子どもたちがいる。いつも「もっとキレイに書きなさい!」と先生に注意されるのに、なぜかどうしても、マスや行にちゃんと収まるよう字を書くことができない子。「しっかり覚えなさい!」と親に猛特訓されても、なぜかどうしても、かけ算九九が覚えられない子。授業中あてられても答えられず突っ立ったまま、級友たちからの何ともいえない視線に毎度さらされている子。彼らが学校で味わっている苦痛は、彼らの自尊心を傷つけ、重大な二次障害を引き起こしていることも少なくない。


「ひとりひとり違う」のは、当たり前のことなのに、教師の教え方や学校で求められる成果が一律であれば、それになじまない子どもたちはどうしても落ちこぼされてしまう。ともすれば、その子の学び方と教師の教え方のズレから学習につまずいているだけかもしれないのに、「学習障害」とみなされる場合もある。

米国でNCLB(No Child Left Behind 落ちこぼれ防止法)が制定されたのを受け、ニューヨーク市教育庁は、2003年に公立学校の教員研修の一つとしてSchools AttunedRというプログラムを導入している。目指すのは、教師が子ども一人ひとりの学びの支援者となることだ。Attuneとは「調律する」という意味で、子どもを学校に合わせるのではなく、学校や教師が子どもに合った学習活動を提供できるようにという期待が込められている。

Schools Attunedでは、「8つの神経発達機能」の考え方をベースに子どものつまずきの背景や学習プロフィールを考えていく。これはどういうものだろうか?

人間の脳には、たくさんの機能がある。心臓を動かしたり、呼吸をしたり、においを嗅ぎ取ったり、味覚や触覚、嬉しいとか悲しいとかの感情なども司っている。脳科学が急発展した近年、どの機能を脳のどの部分が担っているかが、ある程度明らかになってきた。Schools Attunedでは、その中でも特に学習に大きく関わる以下の機能について学ぶ。

1.Attention (注意) ...意識を向ける、集中する、自分の言動をコントロールするなど
2.Temporal-Sequential Ordering (順序) ...順序の認識、筋道を立てた表現など
3.Spatial Ordering (空間秩序) ...空間認識や位置関係の把握など
4.Memory (記憶) ...覚える、思い出すなど (短期記憶、長期記憶、作業記憶)
5.Language (言語) ...言葉を理解する、言葉を操るなど
6.Neuromotor Functions (運動機能) ...筋肉を動かす (粗大運動・微細運動など)
7.Social Cognition (社会的思考) ...場面に応じた言動 社会的な行動など
8.Higher Order Cognition (高次思考) ...概念形成、批判的思考、問題解決など

 

たとえば、書字に問題を抱えている子どもの原因は、「空間」の認識に弱さがあって字の形をうまく捉えられないのか、字を覚える「記憶」に弱さを抱えているのか、あるいは字を書くときに使う手指の筋肉を操る「運動機能」の弱さから来ているのか。授業中あてられても答えられない子は、教師が何と質問したかを覚えておく「記憶」に問題があるのか、それとも、筋道をたてて物事を把握する「順序」機能に弱さを抱えているのか、言いたいことを適切な言葉で表現する「言語」の力が弱いのか。

 

School Attunedを受講した教師は、その子の観察、提出物、様々なエピソードなどから情報収集をして、その子のつまずきの原因となっている弱みを推理し、学習をどう支援していくかを見立てる力を身につける。九九がどうしても覚えられない子に、「努力しなさい」「しっかり覚えなさい」と叱咤する教師から、その子に合った覚え方や、記憶の弱さを補うための手立てを提案できる教師へと、30時間のワークショップを通して大きく成長する。

 

ニューヨーク市がSchools Attunedを選択したのは、このような研修が障害児のための特別教育(Special Education)のみならず、全ての学校の全ての教師に適用できるものとして高い評価を得ているからである。

 

 

筆者は07年10月末にニューヨークを訪れ、市教育庁によるShools Attunedの研修に特別参加させてもらった。この年、「特別支援教育」がスタートした日本の学校現場にも、参考になるところの多い内容だ。その実際の様子を次回に詳しくお伝えする。

筆者プロフィール
金子 晴恵 (アンダンテ西荻教育研究所 代表)

自閉症や学習障害など発達障害児のための学習指導、親や教師の相談等に携わる。
また、ライターとして国内外の学校を取材し、各国の教育事情についての記事やエッセイを新聞・雑誌に執筆している。
著書に「先生が明日からできること。」(杉並けやき出版)
ブログ 「先生が子どもたちのために明日からできること
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