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続編 アメリカにおける電動移動機器の開発と使用状況

要旨:

特別なニーズ(障がい)を持つ乳幼児に対するリハビリテーションの一つとして、早期の段階から電動移動機器を用いて移動経験をおこなうことは、子どもたちの認知・社会面の発達に多大な影響を及ぼす。Delaware大学で電動移動機器の研究開発を行っているJames Cole GallowayとSunil Agrawalの研究室を訪れた。その研究で得られた知見と日米で共通している開発における課題を紹介するとともに私見を述べる。

3月11日からボルチモアで開催されるInternational Conference on Infant Studiesの前後を利用してデラウエア大学理学療法学部のInfant Motor Behavior Labを訪れました。

 

友人のJames Cole Gallowayは、特別なニーズ(障がい)を持つ子どもたちに対して、既存の理学療法と並行して電動移動機器の使用による子どもたちの認知面や社会性の発達を研究しています。今回の目的は日米でおこなわれている電動移動機器を用いた研究手法の確認と研究フィールドの視察、移動機器の開発者であるAgrawal教授に会うことでありました。

 

デラウエア州は東海岸に位置し、アメリカ建国に関わった13の植民地の中で最初に批准した州であることからFirst Stateと呼ばれています。北部はペンシルベニア州、南部メリーランド州に接し、人口は約85万人と私の住む滋賀県の約2/3です。デラウエア大学は、州の北部に位置しているため、フィラデルフィアまで車で30分、ニューヨークまでは2時間半と大都市へのアクセスは比較的容易な場所にあります。

 

アメリカの理学療法教育は大学院でおこなわれ、理学療法学部も建物の3階のフロアーだけでした。Infant Motor Behavior Labは、そのフロアーの2部屋でスタッフも5名とこじんまりしていました。このような条件で世界に誇れる研究がなされているとは当初は思えませんでしたが、この研究室の役割は特殊な装置による実験やデータの解析が中心で、主な研究は近隣にあるUniversity of Delaware's Early Learning Center (ELC)でなされていることが後にわかりました。ELCを見学して驚いたのは各教室にカメラとマイクがあり隣に観察室でいつでもデータ収集が出来ることです。これは、研究室という特殊な条件下でおこなわれる研究に比べて行動観察が主体になりますが認知面や社会性の発達を研究するには優れた環境であると思われます。

         

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 観察室(教室にはセラピードックがいます)       電動車いすと歩行器
 

当初、彼の研究は赤ちゃんが電動移動機器を用いて環境探索をおこなうことで、コントローラー操作の学習過程を明らかにすることでした。その後、特別なニーズを持った子どもたちの認知面の発達に影響があることが、アンドリュー君 を通して明らかになってきました。彼は二分脊椎により両下肢に障害がありましたが、生後7ヵ月の時から週2-3回の電動車椅子操作を6週間おこないました。その結果、ベイリーⅢスケールを用いて発達検査で6ヵ月時点と12ヵ月時点での比較をおこない電動車椅子操作前は認知領域5:0ヵ月、言語理解6:0ヵ月、言語表出5:0ヵ月、巧緻運動5:10ヵ月、粗大運動5:0ヵ月であったものが、12ヵ月時点では、認知領域16:0ヵ月、言語理解14:0ヵ月、言語表出12:0ヵ月、巧緻運動13:0ヵ月、粗大運動7:0ヵ月と疾病に起因する粗大運動の伸びはわずかでしかありませんが、認知16:0ヵ月、言語理解14:0ヵ月と健常児の12ヵ月を上回る結果になりました。この研究でLynch3は機能障害に焦点化するだけの治療では子どもの発達は支援できないと言っています。

 

現在、彼らは教室内で電動移動機器を用いることで子ども同士の社会性が変化するか否かを研究しています。しかし、移動経験が社会性の発達につながるためには、使用する環境面の要素が大きくかかわります。教室内という制約された環境下で使用する移動機器はコンパクトであると同時に現行のタイプでは移動方向が限られておりクラスメートの多様な動きについていけません。またコンパクトにすれば子どもたちとの目の高さが変わってしまい視線による相互作用が減少します。そのため動くことが少なくなり周囲の教師たちも動けることを忘れてしまうという悪循環に陥ってしまいます。

 

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        Will君とUD2 (ELCにて)         手作りの移動機器(ELCにて)

 

実際に教室から外に出ると自由に電動車椅子を操作し、社会的な相互作用を取ることができるウィル君であっても教室内では動くことが少なくなってしまいました。教室内で使用する電動移動機器は上記の問題を解決されるような物にならなければなりません。また製品として安全な物が供給されなければなりません。しかし乳幼児が使用する電動移動機器は研究段階の域を脱していない現状があります。彼らも積極的にマスメディアを使って現状を訴えていますが、製作に協力するメーカーは少なくUD1・UD2は機械工学部のSunil AgrawalとJi-Chul Ryuによる手作りでおこなっています。手作りであるため安全性や他の子どもたちに違和感を与えてしまうなど作り込みの不十分さはありますが、製品化をすることで容易に解決できる問題であると思います。しかし、最大の問題は開発にかかる経費および研究スタッフの少なさに思われます。この問題は日米共通の問題であり、開発にかかる経費を提供してくれる財団や製品化をする企業が少なく試作機から製品になるまでには多くの時間がかかりそうです。

 

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     中央奥が製作中のUD1        左からJi-Chul Ryu・著者・Sunil Agrawal

 

この様な移動機器を使用する子どもたちは極少数であり大きな利益を生む分野ではありません。しかし、子どもたちの発達に少しでも役立つものを作りたいと奮闘している仲間たちに出会うことで研究開発の重要性を再認いたしました。

 

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全方向移動機器Baby Multi(三菱財団助成)       Galloway一家

 

政権が交代し障害者自立支援法が見直されることになりましたが、政府の諮問委員会の中には重い障害を持った子どもたちに関係する団体からは委員が選出されておりません。また小さな子どもたちの認知・社会面での発達に必要な機器として電動車いすを位置づけている医療関係者や有識者は皆無に等しいと思います。この様な研究が一般化すると同時に多くの子どもたちに必要な時期に必要な機器が認められる社会になることを切望するとともに、私たちの研究グループも根拠となるデータを早急に出さなければならないと改めて思いました。

 

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1)このセンターには、0歳から就学前までの約250名の子どもたちが通っており、障がい児を含む統合教育がなされています。両親は子どもたちの発達に関する研究がなされていることに協力的であるため、容易にデータを収集できるそうです。センターでは、朝6時から夜6時までの長時間保育が可能なことと2回の食事と3回のおやつが提供されます。1日の利用料は$20-ですが、所得に応じて州が補助をしています。スタッフの多くは教師であり理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・発達心理士は、各1名と理学療法学部の学生10名位が実習および研究をおこなっています。

 

2)アンドリュー君は、生まれつき脊椎の癒合が完全に行われず一部開いたままの状態にあります。そのなかには、脳からの命令を伝える神経の束(脊髄)が、形成不全を起こし様々な神経の障害を生じる病気もあります。主に腰椎、仙椎に発生しますが、その部位から下の運動機能と知覚が麻痺したり、合併症として脳に異常を生じたり、さらに膀胱や直腸の機能にも大きく影響を及ぼすことがあります。従って、二分脊椎症の治療には脳神経外科、小児科、小児外科、泌尿器科、整形外科、リハビシテーション科などを中心に共同チーム医療が必要とされます。

 

3)Lynch A, Power Mobility Training for a 7-Month-Old Infant with Spina Bifida. Pediatric Physical Therapy. 2009; 21: 362-368.




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筆者プロフィール
高塩 純一 (びわこ学園医療福祉センター草津 理学療法士)

1982年 理学療法士免許取得
1982-1985年 茨城県厚生連 取手協同病院 勤務
1985-1988年 京都大学医療技術短期大学部 理学療法学科 勤務
1988年ー 社会福祉法人 びわこ学園医療福祉センター草津 勤務
兼務
関西医療学園専門学校 理学療法学科 講師
同志社大学「こころの生涯発達研究センター」共同プロジェクト研究員
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