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50. ノルアドレナリン神経系と不安・ストレス・多動

要旨:

覚醒に関する神経細胞は、アセチルコリン神経系と、ノルアドレナリン神経系がその中心であることが知られている。今回はこのノルアドレナリン神経系が持つ脳を目覚めさせる働きと、不安・ストレス・多動などの行動に与える影響力を、『脳内物質のシステム神経生理学』を参考図書として記述する。ノルアドレナリン神経系は外部から種々の感覚刺激が不意に与えられたり、出血や感染などの内部環境の危機的変動の情報に対して生体防御的な反応をすばやく実行したりする有用なシステムであるが、ノルアドレナリン神経系は分泌が不足した状態では注意力が散漫になる等の弊害が現れる一方、分泌量が過剰な場合、多動傾向を示す。
前回はアセチルコリン神経系が脳を目覚めさせる重要な役割を担っていることを説明しましたが、覚醒に関する神経細胞は、アセチルコリン神経系と、ノルアドレナリン神経系がその中心であることが知られています。今回はこのノルアドレナリン神経系が持つ脳を目覚めさせる働きと、不安・ストレス・多動などの行動に与える影響力を『脳内物質のシステム神経生理学』(有田秀穂著 中外医学社刊 2006年)を参考図書として記述してゆきます。

report_04_63_1.jpg上の図に示したのはラットの脳におけるノルアドレナリン神経系の概要です。大脳皮質および辺縁系には脳幹部の青班核(A6神経核)から広汎な投射があり、前脳基底核のコリン神経系にも影響を与えています。青班核のノルアドレナリン神経細胞の数はラットでは1600個、ヒトの脳では1万2千個から2万5千個程度であり、このわずかな細胞群から数十億個のニューロンに影響を与えているのは驚異的でもあります。青班核への主要な興奮性入力は、内外環境の感覚性入力を受け取る延髄の傍巨大細胞核からの投射が中心で、ノルアドレナリン神経系は外部から種々の感覚刺激が不意に与えられたり、侵害刺激が負荷されると直ちに反応します。思わぬ場所に人が立っているのに出くわして心臓がドキンとするのは、この傍巨大細胞核-青班核経路の働きの結果であります。ノルアドレナリン神経系は視床非特殊核からの視床皮質ニュートンと前脳基底核からのコリン作動性神経系の両方に賦活作用を持つ点でアセチルコリン神経系と類似点も多いのですが、その作用は主に私が「脳の警報役」と名付けたとおり、内外環境の突発的変動に対して瞬時に反応する点で異なった役割を担っています。ノルアドレナリン神経系の作用様式の特徴としては、興奮に続いて抑制が見られる二相性の反応であり、刺激が繰り返し与えられると慣れが生じて反応が減弱する点にあります。このことは、不意に後ろから声を掛けられるとドキンと驚きますが、二度目にはあまり驚かなくなり、連続すると慣れてしまうという現象と一致しています。また、出血による血圧低下や低血糖などの内部環境の危機的な変動によっても活性化される点でもアセチルコリン神経系とは作用機序が異なっています。下図はラットの脳に不慣れな読者のために私が制作したヒトの脳でのノルアドレナリン神経系の図版です。

report_04_63_2.jpg内外環境からの刺激は青班核に入力されて瞬時に反応が見られる経路以外に、ストレス反応とも関連するCRF ( コルチトロピン放出因子) を介した生体防御システムを喚起する経路が存在し、視床下部- 下垂体- 副腎皮質経路の頭文字をとってHPA 軸あるいはHPA 経路と呼ばれています。出血や感染などの内部環境の危機的変動の情報は、迷走神経- 延髄A1/A2 のノルアドレナリン神経核の経路を通って視床下部室傍核CRF 細胞を刺激するとともに、A1/A2 核から直接青班核に対してCRF 神経系による刺激信号を送ります。青班核からのアラーム信号は視床下部、扁桃体、中隔、前頭前野に送られて、恐怖や危機感の情動反応を起こすとともに、これらの領域からの賦活信号が視床下部室傍核CRF 細胞を刺激するという2重の防御システムを構成しています。この経路が活性化されると、視床下部室傍核CRF 細胞からCRF が分泌されて脳下垂体からACTH を血液中に放出させ、ACTH が副腎皮質を刺激して糖質副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の血中濃度を上昇させます。コルチゾールは血糖値上昇・血圧上昇・抗炎症作用などの生体防御作用をもつホルモンで、一般にはステロイドホルモンとも呼ばれています。このようにノルアドレナリン神経系は外部から種々の感覚刺激が不意に与えられたり、侵害刺激が負荷された場合に脳の覚醒度を上げて注意を喚起するとともに、血圧・血糖値を上昇させて迅速な対応が可能な状態に身体環境を整備する作用を持っていると言えます。このノルアドレナリン神経系とストレスホルモンの作用形態の概要を示したのが次の図です。

report_04_63_3.jpgノルアドレナリン神経系は上記のように外部から種々の感覚刺激が不意に与えられたり、出血や感染などの内部環境の危機的変動の情報に対して生体防御的な反応をすばやく実行する有用なシステムでありますが、その一方で、青班核→情動領域→室傍核→青班核という閉じた循環回路を形成しているために、警報的な負荷が短期間で収束せず長期的な危機信号や不安や恐怖の情動的なストレスとして負荷されたときには、コルチゾールの分泌が持続的に抑制不可能な状態で続く結果になる場合が起こり得ます。これは第48回にモノアミン覚醒系の作用の特性として、大脳賦活効果には適正濃度が有ること、刺激と分泌量が強ければ良いというのではなく、すなわち濃度依存性に効果が増大するのではなく、至適濃度(作用量)で最大の効果が現れるという特質があり、神経伝達物質の量が多すぎても少なすぎても効果が減退してしまうという作用効果特性があることを説明した通りです。ノルアドレナリン神経系について言えば、分泌が不足した状態では注意力が散漫になる等の弊害が現れる一方で分泌量が過剰な場合、たとえば安静時から青班核ノルアドレナリン神経の持続発射頻度が普通より高い実験動物では、注視課題の遂行に障害があり多動傾向を示す多動症のモデル動物となることが知られています。この注意力が散漫で多動傾向を示すことは遺伝子の異常を伴うADHD で観察される一般的な病態と一致しています。そう考えますと、幼少時から危機信号や不安や恐怖の情動的なストレスを受け続けて育った子どもの場合には、当然ノルアドレナリン神経の持続発射頻度も高い設定で育つことが推測されますので、多動であることだけで遺伝子の欠陥による障害であると疑う、ADHD(注意欠陥・多動性障害)へのレッテル貼りや誤った認識が最近の学校での多動学童対応場面で安易に持ち出される傾向には小児科臨床医として危機感を募らせております。

生体危機的な負荷が短期間で収束せずに、長期的な警報信号や不安や恐怖の情動的なストレスとして負荷されたときには、コルチゾールの分泌が持続的に抑制不可能な状態で続く結果になり、生体にとって不利益なストレス反応を喚起するとともに抑鬱状態の原因ともなりうることについては、次回また詳しく説明いたします。

本稿の作成には、有田秀穂著「脳内物質のシステム神経生理学」(中外医学社刊2006年)より多くの図版と文章を引用させていただきました。転載に快諾をいただけた有田秀穂先生と中外医学社に感謝と敬意を表します。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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