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11. 笑うのは人類の特質

要旨:

霊長類研究の専門家中村克樹の意見を基に、チンパンジーなどの霊長類の笑いについて考えていく。中村は「脳のなんでも小事典」という本の中で、サルが笑わないことを詳しく書いた。それによると、サルには喜怒哀楽といった情動があり、新生児微笑もあるが、サルの新生児微笑は成長とともに消失し、グリンと呼ばれる顔表情を使ったコミュニケーションが出現する。これは攻撃の意志のないことを示す身体表現で、快楽の表現ではあい。サルには人類のように可笑しくてゲラゲラ笑うという意味での笑いは存在しないのである。つまり地球上で人類だけが「笑う生物である」と言える。

笑わない赤ちゃんが増加していることの意義を考えるうえで、笑いが人間にとっていかに重要なもので、進化の過程でどのように獲得されてきたのかについて考えていく必要があります。そこでサルや動物は笑うのだろうか?という疑問が生じます。前回は動物の笑いについて書きましたが、今回は霊長類研究の専門家の意見を基に、チンパンジーなどの霊長類の笑いについて考えていこうと思います。私は以前はサルは笑うことがあっても不思議ではないと考えていましたが、図書館で調べると、サルは笑わないことが「脳のなんでも小事典」という本の中に、詳しく書かれてありました。

 

--サルは見知らぬ人が近づくと、少しおびえながらも「ウォ、ウォ」と鳴き、脅かします。また、よく馴れたサルは、エサをねだろうとして「ギャー、ギャー」と鳴きます。こうした反応は、大人のサルに限ったことではなく、子ザルにも見られます。よく馴れた人が近づいていくと「クククッ」というような声をだして飛びついてきます。ひとしきり遊んだあとに帰ろうとすると、頭を両脚の間に入れるように身体を丸めて「行かないで」と訴えるように「ギャー、ギャー」と鳴きます。このようにサルにも、喜怒哀楽といった情動があります。

少し横道にそれますが、ここでは「感情」という言葉を使わず、「情動」という言葉を使いました。情動とは、喜怒哀楽といったように、比較的急激な気持ち(心の状態)の変化のことを示します。感情はもっと広い意味で、気分や情操など、人間に特有の心の状態も含みます。例えば、サルや類人猿でも、私たちの持つ「あこがれ」などといった感情を持っているという証拠はありません。サルは鳴き声や身振りを使って情動を表現します。また、身体や尾の姿勢や表情で表現します。サルは、ほかの哺乳類と比べて、顔の筋肉が複雑に発達しているので、非常に表情豊かです。サルを含めた動物では、一般に、「食うか食われるか」「攻撃か防御か」というやりとりが情動行動の基本です。

 

まず代表的な表情に、相手を脅かす威嚇の表情があります。目を大きく開き、口を開け、毛を逆立て、耳を後ろにへばりつけ、「ウォ、ウォ」と鳴きます。もっとマイルドな威嚇のときには、にらみつけます。よく、野猿公園で「サルと目を合わせないで下さい」と書いてありますが、見つめ合うこと自体が威嚇の意味になるからです。また、大きなオスザルが、口を大きく開けてあくびをしているようすを目にされるかもしれません。これは、自分の犬歯を見せつける一種の威嚇だと考えられています。弱いサルが相手を怖がるときに示す表情は、口の端を引いて歯と歯ぐきを見せる「グリン」と呼ばれる表情があります。相手への敵意がないこと、つまり服従を意味します。この表情は、まさに私たちが「ニッ」と笑うときの表情に似ています。このグリンが人の笑いの起源だという考えもあります。ただし、サルのグリンは緊張した場面で出てくる表情ですから、うれしくて、あるいはおかしくて「笑う」のとはずいぶん違います。サルは笑わないのです。チンパンジーには「プレイフェイス」と呼ばれる表情があります。子チンパンジーが仲間を遊びに誘うときによく見られるので、この名前がつけられました。また、脇の下をくすぐると「ハッハッ」と声を出します。チンパンジーではサルよりもう少し「笑い」に近いものがあると言えるでしょう。


生まれたばかりのヒトの乳幼児にも「新生児微笑」と言う表情があります。これは、顔の筋肉がひきつるように動くことで、笑ったような顔が作られるのです。このような表情が見られると、周りの人たちは「笑った、笑った」と大騒ぎをして、ますますその赤ちゃんを「愛らしい」と感じます。そして、世話をしたいと強く感じるようになります。人は非常に未熟な状態で生まれてきますから、周りの人に世話をしてもらわなければ生きていけません。新生児微笑は、生き延びる確率を高めるという重要な役割を持っていると考えられています。新生児微笑は、サルにもみられるようです。--

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       (以上、技術評論社『脳のなんでも小辞典』より抜粋引用)  
  

この文章をお書きになった中村克樹先生(現国立精神・神経センター神経研究所部長)は霊長類研究の専門家でいっらっしゃいますので、霊長類について生き生きとした描写がなされています。さらに私が感銘したのは、情動と感情についての卓越した見解と、小児科医顔負けの新生児微笑についての記述でありました。中村克樹先生の文章を読むことで、私は自分の中で長年答えの見つからなかった「人間はなぜ笑うのか」という疑問を解決する重要な糸口を発見しました。サルにも喜怒哀楽といった情動があり、新生児微笑もありますが、サルの新生児微笑は成長とともに消失し、上の絵のようなグリンと呼ばれる顔表情を使ったコミュニケーションが出現します。これは攻撃の意志のないことを示す身体表現で、快楽の表現ではありません。前節で紹介した志水彰先生は霊長類には笑いがあるとのご意見でしたが、中村克樹先生の見解ではサルには人類のように可笑しくてゲラゲラ笑うという意味での笑いは存在しないのです。つまり地球上で人類だけが「笑う生物である」とも言えると思います。

笑うことが人類の特質であるならば、ヒトにおける笑いの発生と発達、そしてそのことの持つ意味の重要性についての推論を深めることは、ヒトの精神と脳神経の進化と成長について考えるうえで非常に重要なポイントであると考えています。人類がどんな必要があって、どのような経路を通って「笑う」という行為を発達させてきたのかについて、私は人類の笑いは、単純な神経反射である新生児微笑から発達してきた、という考え方を持っています。今後の連載の中ではこのことを詳しく説明しながら、子どもの心と社会性の発達について書いていこうと思います。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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