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6. サイレントベビーは今もいる

要旨:

「サイレントベビー」は20世紀の終わりに日本国内で小児科医により警鐘を鳴らされたが、現在ではその言葉すら使われなくなっている感がある。本稿では、この問題についてもう一回考察し、パーソナリティーに問題の芽を持ちながら育っている「サイレントベビー」は今もいるし、現在なお増加し続けていると断言する。そしてその共通の初期現象が笑わない赤ちゃんの増加であると考える。

20世紀の終わりに我が国の洞察に満ちた小児科医たちによって警鐘を鳴らされた、「サイレントベビーの増加」は、その後のより大きな波であった他動児と学習障害児の発現にかき消されて、現在ではサイレントベビーという言葉すら使われなくなった感があります。しかし私は今もう一度この問題の持つ意味の深さを考察し、次のように断言したいと思います。「サイレントベビー」は今もいますし、現在なお増加し続けています。

 

前の章でも書きましたが、サイレントベビーという和製英語は多くの母親への警鐘を意図して作成されたのだと思いますが、「静かな子どもだけが危険なのだ」という誤解を招き、多動児の問題の拡大とともに、「騒がしい子どもだって手に負えない。つまり子どもはみんな手が掛かると言うだけのことではないか!?」と、問題の本質に迫る前に十把一絡げにまとめられてしまいました。この短絡的な思考は、ある意味で的を射ている部分があります。というのは、「キレる」とか「引きこもる」とか一般に話す言葉を、私たち精神と心を扱う医者は「行為障害」あるいは「パーソナリティー障害」と呼ぶのですが、このような精神と心の障害には、傷口が自分の内側に向かって広がる「内方向的障害」と、傷口が自分の外側に向かって広がる「外方向的障害」との2種類の心の病が存在しているのです。そして傷口が自分自身の内側に広がるタイプを「内在化問題」、傷口が自分から出て外部に向かって広がるタイプを「外在化問題」と分類していますが、この二つは同じパーソナリティー障害の表現型の違いに過ぎないと考えることもできるからなのです。

ヒトの気質を問題行動との関連について遺伝と生育環境で分析する研究は、山形らによる双生児を用いた調査研究でよく解析されています。山形伸二は、人間行動遺伝学ではパーソナリティなどの通常観察される形質のことを表現型と呼び、表現型の個人差は遺伝の効果と環境の効果の両方により説明されると考えました。具体的には,表現型の背後に相加的遺伝、非相加的遺伝、共有環境、非共有環境の4つの効果が存在し、パーソナリティのような複雑な形質には個々の効果の小さい多数の遺伝子が影響を与えていると考えられると述べています。この文章はやや専門的で難解であると思いますので、もう少し簡単に書き直してみます。

ある子どもの気質が、頑固で気むずかしいとか明るく朗らかだとかを決めるのは、両親から受け継いだ遺伝子で決まるのか、生まれたときから後の生育環境で決まるのかを、双生児の比較研究で調べる事ができる。そして遺伝子にはお互いに効果を強めあう遺伝子と、効果を弱めあう遺伝子があり、生育環境にも同様に強め合う環境と、弱め合う環境があると言うことです。山形らの研究についてはまた後ほど詳しく取り上げますが、彼の報告によれば、外在化問題は、年齢相応に状況に見合った行動をコントロールすることができず、周囲の大人や仲間たちに厄介を与えるタイプの問題行動で、注意散漫や攻撃的、反社会的行動を指す。内在化問題は、過度の不安や恐怖、抑うつなど、他人よりも本人に問題を生じさせるタイプの問題行動を指す。外在化問題、内在化問題には報酬へ接近する動機付けに関わる気質(Behavioral Activation System: BAS; Gray, 1987)と罰を回避する動機付けに関わる気質(Behavioral Inhibition System: BIS; Gray, 1987)のアンバランスが関与している。すなわち、BISに比してBASの働きが過剰である場合に外在化問題が、BASに比してBISの働きが過剰である場合に内在化問題が生じるというもので、実証研究においても支持を得ている。と述べられています。詳細はいずれまた述べますが、子どもの行動が、注意散漫や攻撃的、反社会的行動であるのか、過度の不安や恐怖、抑うつであるのか、どちらの問題行動を起こすかは、BAS(褒められるとより強く反応する気質)とBIS(叱られるとより強く反応する気質)という二つの気質の差だけが問題で、両者の共通部分は同じである可能性があることを、一旦ここでは理解しておいてください。

このことからサイレントベビーの問題をもう一度考えると、柳澤先生が警告した問題は、赤ちゃんの気質の内在化問題にのみ注目していた事がわかります。ですから私はこの問題をもう一度深く考えるうえで、depressing babyという本来の用語に戻して、「コミュニケーションに失望した赤ちゃん」と呼ぶべきだと考えています。言葉はどうであれ、パーソナリティーに問題の芽を持ちながら育っている「サイレントベビー」は今も増え続けているのです。そしてその共通の初期現象が笑わない赤ちゃんの増加であると、私は考えています。

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(画像は本文とは関係がありません)

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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