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論文・レポート

4. 天使のほほえみ

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2008年11月10日掲載

要旨:

新生児の笑顔はよく一般の人に天使のほほえみと呼ばれている。ミルクを飲んだ後、昼寝の後によく観察できる。しかし、これは単に赤ちゃんが神経反射で顔の筋肉を引きつらせているだけで、特別な感情がない。神経反射は、意識せずに神経が勝手に刺激に反応して動くことである。新生児の笑顔も一つの神経反射であり、赤ちゃんの成長とともに消えてなくなってしまう。

生まれたばかりの赤ちゃんのほほえみは、しばしば「天使の微笑み」と喩えられます。何も求めない純白で屈託のない笑顔は、古典芸術でもしばしば題材に取り上げられて来ました。赤ちゃんはいつから微笑み始めるのでしょうか?私は以前NICU(新生児集中治療施設)で働いた事があります。そのときの記憶を元にお話ししますと、新生児微笑は赤ちゃんが生まれたその日から観察されます。よく観察できるのはミルクを飲んだ後に、閉じられた目がガクガク震えるように動いているときです。このようなときには赤ちゃんは口の端っこをピクピクッと少し動かしてから、目尻が下がって口元に近づき、ニターッと笑うような表情を見せます。目尻と口の角がキュキュッと近づく動きは一般に数回繰り返して起こります。閉じた目をガクガク動かすのは、大人ではレム睡眠と呼ばれる主に夢を見ているときに出現する現象ですから、赤ちゃんと大人のレム睡眠の内容が違うことを差し引いて考えても、赤ちゃんはおっぱいを飲んでお腹がいっぱいの時に、夢見心地でまどろみながらニターッと笑うのだと考えるとお母さんたちには理解しやすいでしょう。そしてほとんど全ての大人はそのように感じていると思われます。

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このような新生児の笑顔を、一般の人は、天使の微笑みと呼びますが、私たち小児科医はそうは呼ばずに、新生児の生理的微笑とか生得的微笑反射とか呼んでいます。それは赤ちゃんが特別な感情に動かされずに、単に神経の反射として顔の筋肉を引きつらせているだけだと考えているからです。神経反射という言葉がでてきましたので説明しましょう。少し高めの椅子に太股の力を抜いて、足をブラブラさせて腰掛けて下さい。そしたら膝のお皿のすぐ下を、直径2から3センチの丸い棒で軽くたたいてみましょう。うまくツボにはまると勢いよく足がピョンと跳ね上がると思います。

このように意識せずに神経が勝手に刺激に反応して動くことを医学の世界では不随意運動(反射)と呼びます。膝のお皿の下をたたいて足が不随意に伸びるのは膝蓋腱反射と呼ばれ、ビタミン不足の病気である脚気の診断のために、以前は医者に来ると必ず全員に行った診察手法です。

赤ちゃんは、手足を伸ばしたり曲げたりする筋肉の協調運動がまだ未熟ですので、音に驚くと手足をブルブル震わせて誰かにしがみつくような動作をします。これも自分の意志とは無関係に行っているので神経反射の一つです。では、おっぱいを飲んでお腹いっぱいの時の微笑みはどうなんでしょうか?こればかりはやっぱり満腹で幸せいっぱいの証拠と考えたいですよね!でも残念ながらそうではありません。単純な不随意の神経反射です。その証拠に、この新生児微笑は赤ちゃんが成長するとともに徐々に消えて無くなってしまいます。2歳か3歳にもなると食後にお昼寝をしても、もうニターッとは笑わなくなるのです。

もう一つ別の角度から新生児微笑を観察した経験では、30週以前に体重が1500グラム以下で生まれた早産の赤ちゃんは、口からミルクを飲むことは出来ないので、点滴で栄養を与えるのですが、このような超未熟児でも目を閉じてガクガクと眼球を動かしているときにはニターッと笑います。保育器の中がよほど気持ちよくてまどろみながらニターッと喜悦していると考えたいものですが、やっぱりどう見ても不随意反射としか見えません。少し大きくなって胃の中に入れた細いチューブから母親の母乳をゆっくりと注射器で流し込んでやると、やはりニターッと笑います。お母さんは大喜びで、「あっ!笑ってる!ママのおっぱいが美味しいんだ♪」と歓声をあげています。小児科医の良心として母親の至上の喜びを奪うようなことは決して口にはしませんが、これも単純な神経反射です。胃の中に入れたチューブから送り込まれた母乳の味は赤ちゃんには感じることは出来ません。胃が膨らんだことを胃腸にある迷走神経という内臓神経が脳幹(下の図の橋から延髄の付近)に伝えて、間脳と脳幹にある神経核が興奮すると顔面に引きつられた筋肉の動きが出るだけなのです。


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この様に新生児の生理的微笑は満期産以前の子どもでも見られます。在胎齢5ヶ月の胎児が子宮の中で自分の指を吸うことが超音波検査で観察されていますので、おそらく同じ時分から胎児は子宮の中でひとりでニターッと笑っているのではないでしょうか?

何だか最初から夢のない話になってしまいましたが、この新生児神経反射の一つである「笑顔」が、やがては赤ちゃんと大人の強い絆を作る本当の意味での「天使の微笑み」に成長してゆく過程を、これからの連載の中でゆっくり詳しく書いてゆこうと思っています。


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(画像は本文とは関係がありません)

筆者プロフィール

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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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