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国際会議ED-MEDIA報告

要旨:

学習者に部分的な情報を与えて問題を発見し、自ら解決するという学習方法では、意図しない方向へ学習者を導いてしまうことはあっても、学習者に完全な情報を与えるよりも高い到達度は期待できない。むしろ、中途半端な情報を教えるよりも、完全な情報を教えて学習させることにより、知識を長期記憶へ蓄積させた方が、ずっと学習効果は高いと指摘されている。またインターネットに関しては、子どもたちのライフスタイルの一部になりつつある故に、その教育は欠かせない。学校教育と家庭教育が相互に連携して、普段の生徒指導の中でいかに行うかが、これからのインターネット教育の課題であろう。

情報通信技術とメディア教育に関する国際会議(ED-MEDIA 2009-World Conference on Educational Multimedia, Hypermedia & Telecommunications)が、2009年6月22日~26日にかけて、アメリカのハワイ州ホノルルで開催された。この国際会議は、コンピュータを活用した教育に関する学会AACE(The Association for the Advancement of Computing in Education )が毎年開催している国際会議である.豚インフルエンザが世界中で流行し、海外旅行者が大幅に減少した時期にもかかわらず、65カ国から1200人以上が参加した。開催されたセッションのテーマは7つあり、「インフラストラクチャー(Infrastructure)」「ツール&内容指向のアプリケーション(Tools & Content-oriented Applications)」「指導者&学習者の新しい役割(New Roles of the Instructor & Learner)」「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション(Human-computer Interaction)」「ユニバーサル・ウェブ・アクセシビリティ(Universal Web Accessibility)」「先住民族&技術(Indigenous Peoples & Technology)」であった。さらに小分類の分科会に分かれ、たとえば、インフラストラクチャーの分類の中には、「情報教育システムのデザイン」「分散型学習環境」など7つに分かれている。全体としては、学習コンテンツ開発の側面・学習指導と評価の側面・教育哲学的側面・人とコンピュータとの関わりに関する側面など、メディアと教育に関して、様々な視点から発表とディスカッションが行われた。発表申込論文数は989件有り、158名の査読者によって査読され、445件が受理され、受理された論文が掲載された論文集のページ数は4452ページにわたる。

 

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最も印象に残ったのは、Keynote Speakerの一人であるアメリカのジョージア大学教授Thomas C. Reeves博士の「小さな学び、大きな学び:本物の学びに備えて」と題された講演(注1)であった。この講演を聞くまでは、構成主義に基づく学習法略である発見学習、問題解決学習、学習者の経験と探求に基づく学習などに、何の疑いも持っていなかった。最小限の解説を行い、学習者自らが問題を発見し、探求し、知識を構成していくことにより、「本物の学び」が為されるものと思っていた。

 

しかし、Reeves博士は、「構成主義者の失敗の分析」と題された教育心理学者Kirschnerらによる論文(注2)を紹介し、構成主義に基づく学習法略の問題点を指摘した。Kirschnerらは、「すべての教育の目標は、学んだことを長期記憶へ導くことであって、長期記憶に変換されない限り、何も学んでいない(p77)」としている。つまり、いくら問題解決学習を行っても、ハンズオン活動を通して学習意欲がかき立てられたとしても、学習すべき内容が学習者の長期記憶に留まっていない学習活動は、十分な教育とはいえないと指摘しているのである。

 

なぜなら、Chase and Simon(1973)によって引き継がれたDe Groot's (1945/1965)の「チェスの熟達者に関する研究」において述べられているように、「熟達者は、長期記憶に格納された広範囲な経験の中から適切で素早い最良の解決方法を選択するが、初学者にはそれができない」と知られている。これと同様に、「部分的な情報を学習者に提示することが学習者に完全な情報を与える以上の能力と結果を構成するという証拠はない(p78)」としている。つまり、学習者に部分的な情報を与えて、問題を発見し、自ら解決するという学習方法では、意図しない方向へ学習者を導いてしまうことはあっても、学習者に完全な情報を与えるよりも、高い到達度は期待できないのである。むしろ、中途半端な情報を教えるよりも、きちんと完全な情報を教えて学習させることにより、知識を長期記憶へ蓄積させた方が、ずっと学習効果は高いと指摘している。そして、Kirschnerらは、きちんと教える手段としてプロセス・ワークシートを提唱し、法科学生への実証実験などで効果があったことを示している。

 

この論議にたいしてReevesは、細分化された小さな目標を一つずつこなしていく段階では、構成主義による学びはうまくいかないが、高等教育以降の大きな目標を目指す段階には有効であろうとしており、学習に役立てるための評価指標やワークシートをWeb公開している (注3)

 

また、私は、国際会議ED-MEDIAにおいて、「学校の成績とインターネット利用の分析~二極化する子どもたちのライフスタイル~(Analysis of School Records and the Internet Usage--- 2 Polarization of a Children's Lifestyle ---)」(注4)と題して発表した。インターネットの利用は、子どもたちの成績とどのような関係があるのか、母親との関係はどうか等について分析した。その結果、成績上位層の子どもは、インターネットを適度に利用している傾向がみられた。一方で、成績下位層は、インターネットを全く利用していない子どもと、無制限に利用している子どもがいた。また、落ち着いた家庭環境(母親とのコミュニケーションのとれている家庭)で育つ子どもは、ネット不安が少ないという結果を得た。このことから、成績上位層はインターネットの利用時間も含めた生活習慣が身に付いているが、成績下位層はインターネット利用も含めた生活習慣が身に付かず、母親とのコミュニケー。ションも十分でなく、不安を感じつつ無制限に利用したり、全く利用しないでいたりすることが指摘された。

 

インターネットは、子どもたちのライフスタイルの一部になりつつある故に、利用しすぎるとネット依存になる危険があり、逆に全く利用せずにいるとディジタルデバイドを生む恐れがあり、今の子どもたちにとって、インターネット教育は欠かせない。子どもたちの自主的なインターネットの利用は、主に家庭で行われるが、家庭教育に任せきりでは、家庭の格差がそのままネット格差になる。イベント的な講話を聞かせるだけでは、わかっているけれどやってしまう確信犯的な子どもには効果がない。学校教育と家庭教育が相互に連携して、普段の生徒指導の中でいかに行うかが、これからのインターネット教育の課題であろう。

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~おわりに~
 
本稿では、ED-MEDIA2009の445分の2しか紹介できなかったたが、ここに紹介できなかった残りの443件の発表のいずれも、メディア教育に大きな示唆を与えるものと思われる。今年は、新型インフルエンザ騒ぎで参加者の減少も危惧されたが、大変盛大に行われた。来年はトロントで開催されるが、さらなる活発な議論が期待される。メディア教育にご関心を持たれた方は、残りの論文の概要(注5)を見ていただくこともできるし、もしよろしければ来年参加されてみてはいかがでしょうか?


(注1)Thomas C. Reeves "Little Learning, Big Learning: In Defense of Authentic Tasks" World Conference on Educational Multimedia, Hypermedia & Telecommunications, p
(注2) Paul A. Kirschner,John Sweller,Richard E. Clark;Richard E. Clark
"Why Minimal Guidance During Instruction Does Not Work: An Analysis of the Failure of Constructivist, Discovery, Problem-Based, Experiential, and Inquiry-Based Teaching" EDUCATIONAL PSYCHOLOGIST, 41(2), 75-86 Copyright c 2006, Lawrence Erlbaum Associates, Inc.
(注3) http://evaluateitnow.com/Downloads/Downloads.htm
(注4) Hiroko KANOH "Analysis of School Records and the Internet Usage--- 2 Polarization of a Children's Lifestyle---", World Conference on Educational Multimedia, Hypermedia & Telecommunications, Pp.4402-4407
(注5) http://www.editlib.org/j/EDMEDIA/v/2009/n/1/?show_awards_only=true

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