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子どものための保育空間 -米国Harvard Yard Child Care Centerの事例-

要旨:

近年、少子化によって一人の子どもに対する親からの教育、安全性や衛生面などへの意識が過剰・過保護になっている傾向にあり、保育所の「空間」も、「管理する側」の立場に立ったデザインが多く見られるようになった。しかし、子どものための空間とはいかにあるべきか、本当に豊かな保育空間とは何なのか、を考え、設計・デザインをしてく事は、今後子どもの為の保育環境を向上させていく上で重要なポイントである。本稿では、そのような空間デザインの例として、Harvard Yard Child Care Centerの空間づくりを紹介する。

近年、子どもを取り巻く環境が大きく変化している。特に先進国では女性の社会進出などによって少子化の問題が深刻化しているが、少子化によって一人の子どもに対する親からの教育、安全性や衛生面などへの意識が過剰・過保護になっている傾向にあるとも言われている。このような傾向は保育所の「空間」にも影響を与えており、セキュリティーの強化、掃除しやすいビニール製の床素材や子どもがぶつかっても怪我をしにくいクッション素材の壁の設置といった「管理する側」の立場に立ったデザインが多く見られるようになった。衛生面や安全面に配慮することはもちろん重要であるが、その一方で、「子ども」にとって本当に必要な保育環境について考えデザインする事が難しくなっているようにも感じる。子どものための空間とはいかにあるべきか、本当に豊かな保育空間とは何なのかを考え、設計・デザインをしてく事は、今後子どもの為の保育環境を向上させていく上で重要なポイントである。

 

このレポートでは2008年3月に行ったアメリカ・ボストンの保育園の視察調査の中から、特に子どもの視点に立った様々な工夫をしながら保育空間をつくり挙げている事例としてHarvard Yard Child Care Centerを取り上げ、紹介したいと思う。


手作りの園舎

Harvard Yard Child Care Centerはハーバード大学の敷地内に立地し、主に同大学の職員や学生の子どもを対象とした保育園である。建物は2階建ての落ち着いた古いレンガ造りで、その半地下部分が保育園となっている。一歩園内に足を踏み入れると、その活気に圧倒される。子どもはのびのびと元気で、保育室、そして廊下を元気に動きまわっている。保育所が半地下にあるという事も手伝って、まるで地下帝国のような、ひとつの子どもの国が存在しているようにさえ感じられるのである。この保育園を紹介してくれたボストンの設計事務所の所長はこの保育園の空間を'junky(ジャンキー)'と称したが、ここの子どもの元気さは、このjunkyな空間によって生み出されているのだろう。さて、そのjunkyさはどこから生まれているのかというと、それは設立から38年の間、保育士や保護者が手作りで作り上げてきた壁やロフトや棚などの設備や家具によるものである。

この保育園では 'Parent Cooperative'という方針の下に、保護者が保育に参加する事をルールで定めている。全ての保護者は週に1度のローテーションで保育に参加し、半日~1日を保育士として過ごす。また、年に2日は保護者全員が集まり、保育園の備品や遊具などの日曜大工を行ったり、壁の色を塗り替えたりという風に施設のメンテナンスを行っているのである。38年という長い年月の中で、全ての保育室に手作りのロフトが備え付けられ、手作りのソファや棚などが備えられている。既製品と比べれば形も整っていないし、新品のようにきれいでもないが、家庭的で暖かい雰囲気と手作りから生まれるエネルギーのようなものが保育園内にはあふれている。

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 左に見える建物の半地下に保育園がある。
 反対側のエントランスからは園庭も見えず、
 一見保育園が入っているとは気づかない。

 

 




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 園内廊下の様子。

使いながらデザインされていった設備や遊具

さて、手作りの設備や遊具について詳しく話を聞いてみると、非常にユニークなのは保育士と伴に保護者も保育を行い、子どもと一緒に過ごしながら必要なものを感じ取って作っていった点である。そしてどの設備や家具もしっかりと使い込まされている事に感銘を受ける。保育士や保護者である使い手が直接手を入れる事によってのみ生まれる使いやすさや心地よさを獲得しており、あたたかな雰囲気の空間の中で子どもはのびのびと元気である。

次にいくつかの保育室内の手作りの設えについて詳しく説明していきたいと思う。


【子どもの遊びに配慮したデザイン-ロフト・ほら穴】

全ての保育室に設置されているロフトや、潜り込めるようなほら穴(箱)の多くは手作りによるもので、昔から子どもたちの大好きな場所として人気を誇っている。ロフトは上ったりくぐったりして遊ぶだけでなく、半地下にある保育室からの地上への避難経路として重要な役割も果たしている。

また、潜り込めるほら穴(箱)やロフトの下の狭い空間には、手縫いのクッションなどが置かれ、子どもが休憩したり、隠れる為のかっこうの場所を提供している。遊び疲れた子どもは、このほら穴の中に潜って静かにぬいぐるみを抱きながら目を閉じたり、数人で秘密基地のようにこそこそ話をしたりする様子が見られた。

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 0-1歳児室に造られたロフト

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 木の箱の中で柔らかいクッションに
 囲まれて眠る女の子

【食空間のデザイン-キッチン】

保育室内にキッチンが備わっている保育所は日本ではまだ少ないのではないだろうか。この保育園では昼食は各自が持参するお弁当であり、日本のように施設内の厨房を使って調理をする事はない(マサチューセッツ州では厨房の設置は義務づけられていない)。その代わり各保育室内に家庭のそれと同様のキッチンが備わっている。子どもたちはお弁当の時間になるとキッチンで手を洗い、布巾を濡らしてテーブルを拭いている。キッチンが設置されている事で子どもが準備を自然に手伝い、また家庭と同じように落ち着いて食事に備えている事が分かる。また、ちょっとしたおやつ(パンケーキなど)であれば保育室内のキッチンで気軽につくる事ができるので、子どもは日常的に調理に関わることが可能である。



【家庭的なデザイン-収納】

キッチンの棚やお昼寝用の布団棚も手作りによるものである。4歳児のお昼寝用の布団棚は木の板を壁に打ち付けただけの簡単なものだが、小さな布団を乗せるものとしては十分丈夫で場所も取らず、上げ下げも楽にできる優れものである。一方、キッチンに備えられた棚には日本の保育園では考えられない位の食器やコーヒー豆などの材料、洗剤などが並んでいる。これらは直接子どもが使うものとしてデザインされたものではないが、必要に応じ使い勝手良く造り付けられた棚とそこに収納されている日用品の数々は家庭的な子どもの「生活」の場として雰囲気を作り上げている。

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 奥の壁に付けられた布団用棚

【子どもの寸法のデザイン-黒板・ベンチ】

子どもの体の大きさに配慮した楽しいデザインも見られる。例えば、3歳児の保育室に設置された黒板は床の高さから立ち上がっており、子どもは床に座ったり立ったまま自分の体の何倍も大きなこの黒板に全身を使って落書きをする事ができる。また、入り口近くに打ち付けられた木製のベンチは、みんなで外に出かける時の待ち合わせ場所として機能している。高さも奥行きも子どもがちょうど腰掛けられる寸法であると同時に、約2m程の長さがあり、大勢で座る事ができる。大勢の待ち合わせの場としてはうってつけの設えである。さらに、廊下と3歳の保育室を仕切る壁には小さな窓が開いているが、これも手作りによるものである。子どもでものぞけるよう考えた高さに空けられており、廊下を歩く4・5歳児が3歳児の様子をのぞく事がことができる遊び心溢れるデザインである。

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 黒板に落書きをする様子

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 入り口近くのベンチで他の子どもが
 集まるのを待つ様子

まとめ

このようにHarvard Yard Child Care Centerは子どもを主体とし、手作りによって工夫した保育空間のデザインや仕掛けを行っている。保育園で毎日過ごしている使い手(保育士、保護者)だからこそ「ここにいる子どもたちに必要なもの」が分かる。使い手が率先して空間作りに取り組む事が非常に大事である事がわかる。安全面や衛生面ばかりに目が行きがちである近頃、「子どもの生活や遊び」を中心にした空間をつくっている点において見習うべき事は多い。また、この園のようにデザインする事自体を楽しむ事も居心地の良い保育空間を作る上で欠かせないポイントではないかと思う。ちなみに、現在は真っ白に塗られているこの保育園の廊下の壁は、1年前まではレインボーカラーだったらしい。

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 廊下に座り込んで話をする親子と保育士。
 左の壁には小さな窓が開けられている。

 

 

 

 

 

 

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