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論文・レポート

要旨:

今子育ての現状に対して、働くお母さんはどのような問題をかかえているのか、また家庭は教育においてどのような役割を果たすべきだろうか。これらの問題に対して4名の研究者による見解を紹介する。母親たちを孤立させないために、「子育てにも仕事にも夢のもてる社会」が提唱され、少子化政策の一つとして女性の就労支援の重要性が示された。一方、 岩上真珠氏はEUの子育て支援政策を参考した上で、子どものニーズをめぐる親の家族責任と社会の全体で取り込む責任を強調している。

働く母親の子育て支援

「学級崩壊」の現象をはじめ、子どもたちの「荒れ」の背後に『子育ての問題』が指摘され始めています。

 

とくに働くお母さんたちが増え、子どもと過ごす時間が不足しているなど、お母さん不在にその原因を求める声が少なからずあがっています。

 

しかし他方で、「3歳までは家庭で、母親の手で」という、子育てにおける〈3歳児神話〉に、あまりきちんとした根拠がないということも主張されてきています。さらには閉鎖的な家庭環境での母子の過剰な密着ということも問題になっています。

 

こうした状況の中、いま子育ての現状はどうなっているのでしょうか。働くお母さんはどんな問題をかかえているのでしょうか。家庭は教育においてどのような役割を果たすべきでしょうか。

 

このコーナーは「期間限定フォーラム」と連動しております。掲載された論考を参考にしていただき、みなさんからの活発なご意見を頂きたいと思います。


4月28日  前田 正子(ライフデザイン研究所副主任研究員)
「子育てにも仕事にも夢のもてる社会を」

3月17日  岩上 真珠(明星大学教授)
「EUの子育て支援政策-子どものニーズをめぐる親と社会の責任」

1月21日  中野 由美子(目白学園女子短期大学教授)
「共働き夫婦の子育てをどう支援するか」

12月24日  大日向 雅美(恵泉女学園大学教授)
「母親たちを孤立させないために」



4月28日 前田 正子(ライフデザイン研究所副主任研究員)
「子育てにも仕事にも夢のもてる社会を」


●働く女性が多い国ほど出生率が高い

1960年代から70年代、欧米先進諸国では女性が高学歴化し、社会進出が進み、それにともない出生率は低下しました。その時期をひとつの転換点として、女性の就労を前提として育児休業制度や雇用条件を整えるような政策パターンをとった国と、あくまでも女性は家庭にいるべきで働く女性は例外的存在だという考えから、子育てと就労の両立のための支援政策を行わなかった国とに分かれました。

80年代になり先進国では女性の社会進出がさらに急激に進み、それにともない母親になっても職場に残って仕事を続ける女性たちも増えてきました。それで90年代の状況を見ると、働く女性の比率が高く女性が働きやすいように制度を整えた国ほど出生率は高くなっています。

女性の就労を前提に保育制度や育児休業制度などを整えた国としては、スウェーデン、デンマーク、フィンランドなどがあり、フランスがそれに続きます。これらの国々は日本よりも出生率は高くなっています。一方、男尊女卑がわりときつくて、女性は本来家庭にいるべきだとして政策上の支援を行わなかった国としては、ギリシア、スペイン、イタリア、ポルトガルなどが挙げられます。これらの国々は日本よりも出生率は低くなっています。

一昔前は女の人が働くと子どもが生れないと言われたのですけど、90年代の状況を見ると女性が働いている国ほど、子どもが生れています。女性の就業率と出生率をX軸Y軸にとりますと見事に比例します。先に挙げた女性の就労率が高い国は出生率も高く、女性の就労率の低い国は出生率も低くなっています。日本とドイツは、家庭にいる女性を中心に手厚く支援を行ってきた国ですが、2グループの中間に位置します。

少子化対策の一つとして女性の就労支援が言われるのは、結局育児をしながら仕事もできるように制度を整えている国の方が、出生率が上がっているからです。女性が高学歴化した国で、あいかわらず女性は家庭にいるべきだとした場合、スペインやイタリア同様に出生率の下げ止まりは起こらず、どんどん下がっていく可能性もあります。政策を転換すれば、上がるとまでは言えなくても、下げ止まりは起こるはずです。

●専業主婦でいられなくなる時代

専業主婦の前提となるのは、夫となる男性に妻子を養うだけの経済力があるかどうかなので、経済力がない男性が夫の場合、妻には専業主婦という選択肢はありえません。日本も欧米同様に低成長時代を迎えて、女性は専業主婦であるべきかどうかという価値観以前に、専業主婦になれる経済的条件が整わない人が増えてくると思います。そのような人たちが世間の大多数になり、女性が働かないとやっていけない時代がくるのでしたら、女性がイキイキと働くこともでき、かつ子育てにも十分時間をかけられるような環境を、今のうちにつくらないといけないと思います。

80年代後半から男性の実質賃金が下がり、失業率が上がっています。また、高齢化によって、税金や社会保険料の負担率も上がってきています。男性世帯主モデル、つまり男性一人の稼ぎで、妻子を養うことのできる男性が減ってきているのです。多くの家庭で共働きでないと安定した家計で子どもを育てられないという現実が生まれつつあります。

リストラの厳しさに表れているように、これからの日本は男性の収入に生涯頼っていられる時代ではなくなっていくでしょう。男性1人に家計の責任を負わせるのは大変リスキーです。男女がともに、または世帯の中でイザという時には交代で働いていけるパターンをつくっていかないといけないと思います。

また、なぜ日本が働く女性の支援を言い出しているかというと、今は失業率が高く働き手があまっていますけど、2005年頃からは労働力人口が減って労働力が足りなくなるのは明らかだからです。015年には、高齢化率は25%、日本の人口の4人に1人は65歳以上の高齢者となります。それを支える16歳から64歳までの生産年齢人口は、高齢者1人に対して2.5人と言われています。

しかし、高校進学率が98%で、専門学校や大学への進学率も高まっていますから、ほとんどの若者が20歳までは働かない。そして生産労働人口として想定されているうちの半分は女性です。男性だけが社会を支え、女性が家庭にいるという前提だと、将来的に見て日本の社会そのものが成り立っていかないという危機感が出てきています。1人でも多くの働き手を増やすのは社会的要請となってきているのです。

●就労スタイルの多様化と子育て支援

94年のエンゼルプラン、緊急保育5カ年計画は保育整備を中心に始まりました。お母さんが家で子育てするが普通なのだけれども、働く母親が増えているから働く母親も支援しないといけないという補完的なスタンスから始まりました。それが積極的な方向に変わったのは、1997年に出た人口問題審議会の報告書からです。これは厚生省の中でも歴史のある審議会の一つで、少子化問題が大きな課題だということで、97年の2月から審議会を再会しました。

そこには、さまざまな立場の人々、女性の就労を推進する考えの人々だけではなく、幼い子どもをもつ母親の就労支援や保育園の拡充に反対する立場の方もおられました。それで、侃々諤々の議論をかなりの頻度で、かつ一般公開で繰り広げました。そして結局、人口問題審議会は、「少子化の原因は日本のこれまでの社会のあり方そのものにある」と結論づけました。

性役割分業や滅私奉公的な長時間労働は、高度成長期の日本には、ふさわしい家族のありかたであり、就労スタイルでした。その日本の社会の仕組みそのものが、人口構成の急激な転換についていけなくて、少子化を招いてしまったということなのです。

実は、既婚の働いている女性は、専業主婦と同じくらい子どもを産んでいるのです。つまり、少子化の原因は既婚の働く女性が子どもを産まないせいではなく、結婚しない女性が増えていることにあるのです。

例えば、専業主婦の多いのは、経済力のある男性の多い大都市圏です。地方の山形、福島、富山は有名な例ですが、健康なお嫁さんが家にいることはあまりありません。その一番の原因は男性の所得が低いことにあります。夫婦働かないとやっていけないという意識が定着しているのです。仕事をすれば、楽しみを得られるし自分の収入を得るという喜びもありますが、まずは自己実現よりも経済的に食べていくために、地方では女性も働いているわけです。

そして、地方の母親が働く大きな理由としては、子どもを産みたいから、産んだ子どもに教育を与えたいからというのがあります。1人でも多く子どもが欲しい。そして、できれば短大や大学まで出してやりたい。共稼ぎすることで生活を安定させ、教育費を得て、その環境の中で子どもを養育したいと思っているのです。

それで、結局人口問題審議会の報告や平成10年度版の厚生白書で言われているのは、個人の生き方が多様化している中で、長時間労働という雇用慣行や男女性別分業が、今の女性たちの思いを実現させるのをはばんでいる。それを問い直さない限り、女性が結婚して子どもを育てることに夢をもてる社会にはならないということなのです。

解決策としては、以下の3つが提示されました。「滅私奉公的な働き方の改革。子どもが小さい間は短時間就労して、大きくなったらフルタイムとするなど働き方の多様性を求める」「ご主人が育児の相談に乗ってくれると育児の負担感がとても少なくなる。父親も育児参加できるよう男性も働き方を見直し、職場でも家庭でも性別分業的な価値観をなくしていく」「保育などを中心とした子育て支援」です。

●望まれる日本型モデルの確立


今の子育ての難しい状況というのは、母親が悪くなってきたわけではなく、周りに子どもがいなかったり、子育てを支える環境がなくなってきていることにあります。今は家で育つ子どもよりも、逆に保育園に行っている子どもの方が、同年代の子どもと遊ぶことができ、いい発達のチャンスを与えられているとさえ言われています。前々から保育園の世界ではそう言われていたのですけど、人口問題審議会ではっきりとそのように言われました。親だけでなく、さまざまな保育サービスと地域社会が一体となって行う子育ては、むしろ母親のみによる子育てよりも子どもの発達にとって望ましいという、これまでの考え方の一大転換がなされたのです。

EUでも言われているのは、保育園は今の核家族や地域社会では提供できない多様な出会いや発達を保証する場であるということです。保育園というのは、仕方なく利用するものではなく、地域と連携して子育て環境の確立を積極的にめざしていくべき場所だ。そんなふうに保育園の役割も変わってきています。

しかし、現在延長保育や夜間保育の拡充が訴えられ、幼稚園でも預かり保育が始まっていますが、そのように長時間子どもを預かる制度がなし崩し的に広がっていくことには疑問も感じます。母親も父親も働き方をセーブして、家に早く帰って来られるというのが本来の姿だと思います。幼い子どもがいる親が、こんなに激しく働いている国は、先進国では日本ぐらいです。

また、現実には、日本にはまだまだ性役割分業があって、母親も経済的に許せば専業主婦をやりながら家で子育てしたいという人も多いわけです。しかしながら、先ほどみたように、これからの社会経済状況や労働力の状況からみても、専業主婦を増やしていくような社会システムをつくるのは難しくなっています。ですが、一方、今の職場の状況で働きながらの子育ては大変ですから、「幼い子どもを抱えてまで働き続けたくはない」という思いが多くの女性にあります。若い女性が結婚せずに、未婚にとどまっているのもそのためかもしれません。

だからこそ、短時間就労で評価されるような仕事を社会が作り出していかなければならないし、女性がもっと高い評価を得て再就職できるように日本の雇用慣行を多様な生き方ができるよう見直していかなければならない。さらに、保育園や幼稚園などの保育・教育施設を利用しながらも、家庭での育児も楽しめるそんな現実を踏まえた日本型モデルがつくられていくことが望まれます。


前田 正子(まえだ・まさこ)

ライフデザイン研究所副主任研究員。1960年大阪生まれ。1982年早稲田大学卒業後、団体勤務、松下政経塾研究員を経て、1992年から1994年まで、米国の大学院に家族で留学。そこで米国の保育事情を体験。みずから保育園探しの苦労や働く母親への偏見を経験し、保育問題に目覚める。著書に『保育園は、いま』『少子化時代の保育園』(岩波書店)など。



3月17日 岩上 真珠(明星大学教授)
「EUの子育て支援政策 -子どものニーズをめぐる親と社会の責任」


●はじめに


昨年、厚生省の「育児をしない男を、父とは呼ばない」というキャンペーンが注目されたが、話題を呼んだこのフレーズの背景には、EUが推進してきた男女機会均等推進行動計画(Action program of equal opportunity for women and men)の基本的理念がある。

我が国でも男女共同参画社会の構想のもと、子育て支援や女性が働きやすい環境の整備など、政府レベルでの取り組みも始まった。その背景には、1980年代から急激に加速した、世界でも類をみない速度で進んだ未婚化、少子化、高齢化の人口変動がある。少子・高齢化はいわば先進社会の宿命であるが、ここでは、いち早くそうした動向に反応し、それをジェンダー政策として展開する中で、子育て支援をはじめさまざまな家族支援政策を押し進めてきたEUの取り組みを紹介してみよう。

1.EUの男女機会均等推進行動計画と「家族」政策

●家族政策への舵取り

女性の社会進出を図るために、EUにおいて1970年代から準備され、80年代に入って本格的に動き始めた雇用をめぐる男女平等化政策は、90年代に入ると、子育て支援という形で家族政策としても登場するようになった。雇用の機会均等から始められた平等化政策の推進は、当然の成り行きとして、教育、地域社会、家族をはじめとするあらゆる社会的セクターにおける平等化の進展を促すことになった。とりわけ、女性の職業社会への進出に伴って議論されるようになった幼い子どもの子育て担当の問題をきっかけに、ジェンダー政策の推進は、必然的に家族政策と連携することとなった。

そもそもEUにおいて、家族に直接かかわる政策が登場するのは1980年代後半になってからである。それまでEU委員会は家族の問題に立ち入ることには消極的であった。それには3つの理由がある。(1)若者、高齢者、健康問題などは、各国間のイデオロギーに相違があり、EU内部の分裂を生じやすい、(2)家庭生活はプライベートな領域であり、国家の干渉を嫌うと考える政府がある、(3)これまで、EU内の主要国が市民権よりも労働者の権利に焦点を合わせていたので、EC時代を通じて家庭の福祉は低い優先順位しか与えられてこなかった経緯がある、というものである。

●次代の健全育成への関心

しかし、80年代後半になると、EU各国は積極的に家族に法的位置づけを与え始めた。1989年のEC委員会(当時)報告書においてはじめて、家族が「社会の凝集性と未来に」基本的な役割を果たすことが示され、また、イデオロギーの基盤としてではなく、重要な経済的役割の担い手であるという理由によって、家族がEUレベルのアクションの対象となることが正当化されたのである。我が国と同様、こうした動きの背景には、EU諸国が過去20年間に経験してきた、出生率の激減、結婚率の減少と離婚率の増大、婚姻外の出生やひとり親家庭の増加など、次代の育成にかかわるEU各国共通の課題があったことも事実である。女性の職場への進出を積極的に促し、かつ出生率を回復もしくは維持するためには、子どもが産みやすい、また育てやすい環境整備が不可欠とEUレベルで認識されたのである。

2.職業生活と家庭生活の両立

●子育て支援を明確にしたEUの男女機会均等推進第3次行動計画

ところで、今年で第4次を終ろうとしているEUの男女機会均等推進行動計画(アクション・プログラム)の実質的スタートは、1970年代である。一定の準備期間を経て、第1次(1982-85年)、第2次(1986-90年)、第3次(1991-95年)、第4次(1996-99年)と展開されてきたこの行動計画において、明確に「家族」に焦点があてられるようになるのは、第3次行動計画からである。第3次計画では、子育てに関する女性と男性、家族と社会の責任の分担が、EU本部および加盟各国の家族政策として登場してきた。すでに、1986年に第2次行動計画において子育てネットワークが設置されていたが、1991年には「男女の雇用と家族責任の両立に向けた子育てネットワーク」という新名称で強化された。90年代後半からの第4次計画においては、第3次での方針がさらに徹底された。すなわち、男女双方が仕事と家庭生活を両立させるための政策の推進と、政策決定過程でのジェンダーバランスへのいっそうの配慮が目標として掲げられている。

さて、女性の雇用における地位の確立を目指してスタートした男女機会均等推進行動計画の展開過程において、明確に打ちだされてきた理念が「職業生活と家庭生活の両立」である。この背景には2つの動向が考えられる。第1に、家族にかかわる人口学的現象の変化(とりわけ出生率の低下)、第2に、「被用者の権利」から「市民の権利」へという女性政策の転換である。そこで、こうした理念が登場する経緯を、この行動計画を一貫してリードしてきたデンマークの例でみていくことにしよう。

●家庭生活はこれでいいのかという疑問

デンマークでは、男女の平等を早くから政策化し、EU域内にあってはスウェーデンの加盟以前には女性の労働力率がもっとも高く、1980年代当時、20-59歳ではゆうに80%を超えていた。子育て期間の落ち込みもなく、男性と同じいわゆる台形型の就労曲線を描く。ところが、そうしたデンマークで、1980年代半ばに家庭生活の現状を疑問視する声があがり始めた。たとえば、「子どもたちは両親をしっかりみているか」「子育てに実際に責任があるのは誰か-親か保母か」「父親は家事に十分参加しているか」「家庭が大事だと言いながら、なぜ親は長時間働いているのか」などの点についてである。これらの議論の背景には、1980年代はじめに1.3台にまで落ち込んだ出生率の急激な低下と、子どもの問題行動頻発への危機感があった。

そこでデンマーク政府は、政府全省を横断する子どもに関する委員会を設置して「家庭生活と職業生活の調和」のプロジェクトを設け、家族の労働時間についての議論を本格的にスタートさせた。その結果、(1)子どもは親と緊密で安定した関係をもつべきである、(2)子どもは子どもとして生活する機会を与えられるべきである、(3)子どもは社会のメンバーである、(4)子どもは責任をもつべきである、(5)子どもは健康な生活をする機会を与えられるべきである、という5項目の合意事項に基づいて、1990年代から政府のすべての省において具体的な取り組みが開始されることとなった。つまり、男女平等化の流れの中で、「子どものニーズと親の責任」がはじめて正面から取り上げられたのである。こうしたデンマークの問題意識と試みは、「家族責任」の理念とともに、EUの第2次、第3次男女機会均等推進行動計画の家族政策への傾斜を急速に促すことになった。

3.「家族責任」という理念の登場-被用者の権利としての親役割の遂行

●男女の家族責任という考え方

「家族責任」という言葉が、EUの男女機会均等推進行動計画の公式文書に登場するようになるのは、第3次行動計画からである。そこでは明確な定義はなされていないが、この理念が、そもそもは子どもをもつ労働者の権利として登場してきたことは確かである。1991年にILOの「家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約第165号」(通称ILO165号条約)の中ではじめて言及され、1993年にはILOの報告書において「家族責任をもつ労働者」の特集が組まれている。この中で主張されているのは「男女被用者は労働者であると同時に家族責任も有しているのだから、雇用者はそのことに配慮すべきである」という点である。ここで注目されるのは、従来、女性被用者に特定して用いられてきた家族責任の考え方を、男性被用者にも拡大したことである。こうして雇用における男女平等の促進は、90年代に入って親役割を果たす権利として、出産休暇とならんで、育児休業、病児の看護休業、就業時間の短縮、フレックス制の導入など、働き方のシステムそのものを見直す動きとなっている。つまり、子育て、すなわち次代の育成を社会の責任としてとらえ、使用側はそのことに配慮する実質的責任を問われるようになってきているのである。

●新しい取り組み

EU各国は、それぞれの事情に応じて上記の理念を政策に生かす努力をしているが、注目されるのはオランダの取り組みである。従来オランダでは、我が国と同様「子どもは母親が家庭で育てるべき」という考え方が国民の間に根強くあったといわれている。今日でも「子どもは家庭で育てるべき」という点は広く支持されているが、異なるのは、男女がそれにあたる方法を国レベルで模索した点である。つまり、オランダ政府、労働組合、使用側の三者が協議のテーブルにつき、男女のパートタイマーでの就労を促進したのである。

オランダ政府は、1996年の新法施行と同時に「1.5稼働モデル」を打ちだし、夫婦合わせて1.5(フルタイムを1とすれば、フルとパートの組み合わせでもよいし、パート同士の組み合わせでもよい)という働き方を推進した。これは、基本的にはジョブ・シェアリングの考え方であるが、それを男女で行おうとしている。それが可能なのは、時間給賃金、社会保険、手当、年金、昇進など、雇用条件をフルタイムとパートタイムでまったく同等にした点にある。もちろん、90年代はじめからの国内諸政党の地道な努力の結果として、パート法改正、諸手当の改正、昇進条件の改正等、徐々に環境と条件が整備されてきたことではあるが、男女で働き、男女で子育てを実践して、「ダッチ・ミラクル(オランダの奇跡)」と呼ばれる、EUで1、2を争う好経済状態を実現したのである。

さて、振り返って我が国での子育て支援のあり方をみると、「社会全体で取り組む」という姿勢・視点がまだ弱いように感じる。デンマークのような保育所、デイケア・センターの充実といった地域での支援体制の面や、オランダのような働き方の支援体制の両面を含め、取り組むべきことはまだまだ多いように思われる。


岩上 真珠(いわかみ・まみ)
明星大学人文学部教授。専門は家族社会学。1949年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了。駒澤大学大学院人文科学研究科社会学専攻博士課程満期退学。共著に『未婚社会の親子関係』(有斐閣)、『生活世界を旅する』(福村出版)など。



1月21日 中野 由美子(目白学園女子短期大学教授)
「共働き夫婦の子育てをどう支援するか」


●仕事と子育ての両立支援としての延長保育

少子社会での家庭支援に向けて、国や行政は、保育サービスの多様化、父親の育児参加や子育てのネットワーク化を支援する体制の整備を急ぎつつあります。5年前から実施されている十カ年計画の子育て支援策「エンゼルプラン」の前半5年間は、仕事と子育ての両立支援、延長保育による親の就労支援が中心でした。平成11年度末には、9000ケ所の保育所で、7時ころまでの延長保育が定着する予定です。同時に、待機児が解消されない低年齢児保育の拡大や病児保育施設の設置、学童保育所の定着などがこれからの課題になっています。

その一方で、身体の動きがぎこちない、生活リズムが定着していない、食事についての悩みが多いなど、生物としての子どもの行動が変わってきているという報告や、周りの子どもへの関心が低い、集団保育が成り立たない、学級崩壊につながる予兆があるなど、社会的な存在としての子どもの変化を心配する声も聞かれます。子どもの変化の背景には親の変化、社会の変化があるわけですが、「親の子育てを見ていると予想できないようなことが起こる」 「親にどういえば理解してもらえるか悩む」など、保育者たちは最近の親子に、今までにない質的な違和感を抱き始めているようです。

●保育士から見た延長保育-保育者たちの調査から-

このような状況を確かめるために、平成11年7月、私たちは、横浜市とその周辺地域で、園の責任者と保育者にアンケート調査を実施し、約436人からの協力を得ました(保育所179人、幼稚園165人、保育ボランティア92人) 。園での子どもの様子や親の子育てのしかた、保育者の家庭支援の現状を中心に調査し、延長保育についても自由記述をお願いしました。

ここでは、保育者たちが延長保育拡大の影響をどのように感じているのか、生の意見を紹介しながら、共働き夫婦の子育て支援について考えてみましょう(調査した保育所の延長保育は夕方6時30分~7時が多く、その実施率は68%でしたが、97%が今後の増加を予想していました)。

子どもにとっての延長保育

子どもにとってのプラス点は、「遊び場があり、異年齢の友達がいつもいる」 「4歳以上には問題が少ない」であり、ついで、「二重、三重保育から解放される」 「母親に時間的な余裕ができストレス発散になるので、子どもにやさしくなれる」 「密着している親子関係にはよい」などでした。

マイナス点としては、心身への負担(とくに0~2歳の低年齢児)を心配しており、「生活リズムが夜型になり、疲労が取れないのか昼間ボーッとしている」 「親子接触時間が減り、親との一対一のスキンシップや甘えの充足が不十分になりがち」 「集団生活が長引き緊張が続き、リラックスする時間の減少が、体の疲れと心の欲求不満につながっている」 などの意見が大勢でした。保育士たちは、家庭的な雰囲気の部屋づくりや保育内容の確保、親代わりの役割に配慮して、延長保育に対応しようとしていました。

親にとっての延長保育

親にとってのプラス点は、「送迎時間を気にせず、仕事に専念できる」 「時間的に余裕ができる」 などですが、「かえって家庭に帰ってからの忙しさが増すので、母親の健康への心配や家事負担感が増えるのではないか」というような、母親と同じく働く女性の視点からの保育士の意見はかなり厳しいものがあり、マイナス点の指摘が多いことに驚かされました。

「園は家庭には代われない。家庭が寝るだけの場ではおかしい」 「延長保育が、親の労働時間の増加でしかなく、親子の接触時間の減少とその内容の貧しさにつながっているのではないか」という危惧、「親の時間の余裕が、子育ての余裕につながるのか」 「子どもの世話は他人任せでよいのか」という懐疑、「親が楽するほど、子どもの育ちは悪くなっていく」 「必要がないのに預ける親もいる」 などの親への批判、「子どもの成長過程を親が知らないままでいいのか」「親の子育て心を萎えさせる」 「親が大人として育っていけなくなるのではないか」などの親の成熟を心配する声、さらには、「親が楽をするだけの支援の手伝いはしたくない」 「長時間預かることが支援だとは思えない」 「保育所ではしかたがないが、幼稚園ではしてはいけないと思う」など、保育士自身の自己葛藤も見られました。

延長保育の直接の担当者となることが多い独身や未婚の保育士の中には、「女性も働く時代だからしかたがない」 「親子関係は内容と密度の問題。親がしっかりしていれば心配ない」 「子どもも小さい時から、自立してしっかりするようになることが大切」 「親と保育士との話す機会が増え、親の気持ちを理解できるようになった」など、少数ながら前向きに受け取る意見も見られました。

保育士から見た延長保育

しかしそれ以上に、延長保育は、「子どものためよりも、親のためでしかない」 「長期的に見て、本当の子育て支援になるのか疑問に思う。親が子育てに喜びを感じ、親自身が苦労して親子の絆をつくることが親子の将来にとって最も大事なこと。子育て支援が、子育て放棄につながらないか胸を痛めている」 「親が仕事と子育ての両立にイライラしている。預けっぱなしの親、行事に参加しない親、無反応な親が多い。親の関心、親からの感謝の気持ち、親の子育ての意欲があれば応じる態勢はあるが、保育者としての意欲がなくなる現状である」など、現状への懐疑的な意見が多いのが事実です。

総論は、「延長保育が子育て支援という短絡的な考え方ではなく、育児そのものを喜びと感じることができる風潮がほしい。上の世代が若い世代を受け入れる力がなくなりつつあるいま、若い人たちが育児に関心をもてるような世代間交流を考えていきたい」、そのためには、「延長保育よりも、幼い子どもをもつ親の労働時間の短縮、母親の再就職や労働保障制度をつくることが先決。保育所では、乳幼児期の親子関係づくりにマイナスにならないような、そんな親子の絆づくりの支援をしていきたいと思う」という意見に集約されるといえましょう。

家庭支援者である保育士たちの新しい役割

この調査の保育士の86%は、「保育士は子どもの保育だけをすればよいと思う」とは思っておらず、78%が「不足している親子のかかわりを援助することは、保育士の役目であると思う」と答えています(幼稚園で60%、保育ボランティアで78%)。また、「保育士が親の子育てに介入することは、好まれないと思うか」の問には、約65%が「ちがう」と答え、「そうだ」の33%を上回っていました。

保育者たちはすでに、次世代の主人公である子どもの健全な成長のためには、親への支援は避けて通れないことを認識し始めています。そして、子育て体験の乏しい親の世代を理解し支援することの必要性を感じ取り、「子どもの家庭での様子を親に聞き」、「保育中の子どもの言動を親に伝え」、「批判することなく親の話を聞き」、「親を励ましたり、ほめたりし」、「親に問題点の指摘だけではなく、具体的なやり方や見通しを伝え」、「子育て以外の親の相談にのり」、「親の友達づくりを援助する」役割を取り始めていました。

「子ども預かり型」支援から「親子関係づくり型」支援へ

私たちは、21世紀の家庭支援として、子どもだけを「預かる」発想から一歩進んで、親子が共に育つ家庭支援、「親子関係づくり型」支援を提案しています。これからは、「子どもを預かるほど家庭が機能を失い、親も子も疲れる」ことのないような支援、親の労働支援だけではなく、親が成熟する機会と親子の信頼関係を充分に形成でき、子どもの成長・発達が保障される家庭支援が求められています。太陽と水、きれいな空気とこやしを施しながら、親子の根っこの部分をゆっくり、そしてしっかりと育てる子育てができる、子育てを楽しむ余裕と自己実現できる生き方を母親に保障する、子育てに参加する時間と喜びを父親から奪わない社会のあり方を実現する、そんな家庭支援であってほしいと願っています。

「親子関係づくり型」支援の担い手は、保育者が最もふさわしいと思います。なぜなら、保育所や子育てネットワークには、親子が共に相まみえ、育ち合える条件が揃っており、親子の間をつなぐ位置にいる保育者の経験はそのまま、親子育ち、親子育ての支援者としての条件を満たしているからです。保育者は、その成長を促す豊かな生活体験を通して人間発達の基盤を支える「子どもへの支援者」であるばかりでなく、子育ての協働者として親を支え、励まし、育てる「親たちへの支援者」でもあるのです。

多くの調査結果が物語るように、共働きの母親たちは専業の母親よりも、「子育てが楽しい」「子どもがかわいい」と感じている割合が高いのです。共働きの親は、自分たちだけの子育ての限界を肌で感じ、保育士との連携が子どもの成長に欠かせないことを知っています。そして、保育士の支援があるからこそ、親子が成長できるありがたさも分かっています。これからの保育者は、保育の専門家としてだけではなく、親子が集い、遊び、学び、相談する場として保育所を位置づけ、親子関係を支え、親を育てる家庭支援の専門家として、その新しい役割を模索してほしいと願ってやみません。


参考文献:
中野由美子・土谷みち子編著『21世紀の親子支援-保育者へのメッセージ-』 1999年、ブレーン出版
家庭教育研究所紀要21号『今後の育児支援を保育者の立場から考える-保育者調査の結果をふまえて-』1999年、財団法人小平記念会家庭教育研究所



中野 由美子 (なかの・ゆみこ)
(財)家庭教育研究所教育委員。目白学園女子短期大学生活科学科教授。1944年生まれ。京都大学教育学部卒業。東京大学教育学博士課程修了。子育てにおける母親・父親の役割やその影響に関する研究、両親の成長を支援する両親教育に取り組む。共著に『21世紀の親子支援』(ブレーン出版)、『子どもの発達と父親の役割』(ミネルヴァ書房)など。



12月24日 大日向 雅美(恵泉女学園大学教授)
「母親たちを孤立させないために」

●子育てが難しい時代を迎えて

最近幼い子どもたちの成長に歪みを生じている事例が各方面で指摘されています。「学級崩壊」「キレル子ども」等の新造語も使われ始めて、基本的な生活習慣やしつけが欠けた子どもの増加に人々の関心が集まっています。しかも、ここ数年の少子化に対する強い危機意識が伏線にあって、女性の意識の変化や「母性喪失」に原因究明の矛先が向けられています。端的にいえば、女性が高学歴化して外で働くことばかり考えるから子どもも産みたがらないし、生まれた子もろくな育ち方をしないという論調になっているといえましょう。

確かに最近の子育てにさまざまな問題が生じていることは否めません。とりわけ育児に虚しさや苛立ちを覚える母親の増加が顕著で、子どもに与える影響が少なくないと考えます。しかし、こうした現象から女性が育児能力を喪失したと考えるべきではなく、とりわけ働く母親に原因を求めるのは実態と逆であることを指摘したいと思います。むしろ女性たちは社会参加に心を向けつつも、現実には社会から遮断されているのです。母親たちは社会から疎外された焦りと虚しさを覚えるからこそ子育てを楽しめず、時として子どもに心ない言動を向けてしまっています。また子育て中の同性のそうした姿を間近に目にするので、結婚したり子どもを産んだりすることに二の足を踏む女性が増加していると考えられます。産みの母親が育児にも最も適しているという母性を理由にして、女性を家庭に閉じこめようとする発想が根本的に払拭されない限り、今の子育ての問題を根本から解決することは難しいことを、最近行った調査を基に考えてみたいと思います。

●母親たちを追いつめているものは

乳幼児を持つ母親約6000名を対象に実施した全国調査の結果、8割から9割の母親が「子育てを辛く思い、子どもが可愛く思えないことがある」と回答しています(大日向1999)。この調査対象は、乳幼児のいる20代後半から30代初めの女性で、その8割が専業主婦として、民間企業等に勤める夫と共に核家族で暮らしている母親です。就業構造基本調査(総務庁)によると、末子の年齢が3歳未満の子どものいる母親の7割強は無業、すなわち専業主婦ですから、この調査対象の属性はほぼ全国の平均を表しているといえます。そして、その母親の大半が「子育てが辛い」「子どもを可愛く思えないことがある」と訴えている事実に注目しなければならないと思います。ともすると「母性喪失」を示唆する数値のように受け取られるかも知れませんが、母親の声に注意深く耳を傾けてみると、真の問題は「育児負担の重さ」と「夫や社会からの疎外」であって、単に母親を批判しても解決が得られる問題ではないことが明らかです。

一人の時間がない

母親たちはなぜ子育てを辛く思うのでしょうか。その理由の筆頭に「自分の時間がない」ことを挙げています。「子育て中の母親がなぜ自分の時間が必要なのか。なぜ一時の我慢ができないのか」という批判もありますが、母親たちは「一人でゆっくりトイレに入りたい。たまにでいいから手足をのばしてゆっくりお風呂に入ってみたい」と訴えているのです。夜泣きで何度も起こされる乳児期初期の養育は無論のこと、その後も一日中つきまとわれる生活の負担はけっして少ないものではありません。ましてトイレに一人でゆっくり入りたいという願いは、けっして我が儘とは思われません。むしろ、人としての基本的なゆとりすらままならない生活を余儀なくされているという実態が窺われ、育児を一人で担う母親の負担がいかに大きいものであるかを知ることができます。

夫との間に心の絆が持てない寂しさ

夫の協力が得にくい状況も、母親を追いつめている原因の一つです。最近は父親の育児がマスメディアで話題になっていて、育児パパが増加したような印象を持っている人も少なくありません。しかし、育児休業を取得した男性は0.16%ですし、男性が平日、家事育児に関与している時間は平均10数分というのが実態です。この数値は妻が専業主婦であっても、共働き家庭であっても大差はありません(総務庁統計局:社会生活基本調査)。男性の育児参加はまだニュースの世界の現象といっても過言ではないのです。

父親の家庭参加が進まない理由は、現在の労働時間や労働体制が男性に家事育児参加を許さないほど厳しい条件下にあることに加えて、育児は母親の仕事だとする男性たちの意識があることも指摘することができます。

妻の側も、特に専業主婦の場合には「夫は仕事が忙しいから、これ以上の協力を求めるのは無理」と夫の勤務状況に理解を示し、具体的な家事育児の協力が得られなくても、精神的な支えがあれば満足できると回答する人が大半です。しかし、夫が家事育児に十分参加できない生活を余儀なくされている状況は、妻とのコミュニケーションをはかる時間的ゆとりも少ないことを意味しています。いっそう問題とすべきは、夫と会話も交わすことができず、精神的な支えも得られずに孤立化している妻の胸中に対して無頓着な夫が少なくないことです。「育児は母親がするのが当たり前。子どもが小さいときは母親が育児の最適任者だ」という母性観を信じている男性が多く、夫は育児に専念して心身の負担に苦しむ妻に対して配慮の余地すら思い至らないのです。せめて育児の大変さをわかって欲しい、ときにはよくやっているとねぎらって欲しいと願う妻は、「母親なのになぜ育児がうまくできないのだ。しっかりしろ」と耳を貸そうとしない夫に心を閉ざさざるを得ないのです。

社会復帰もままならない焦り

「働きたい」という声は、子育て中の女性が願う共通した声の一つです。現代は女性も高学歴化していますから、社会参加の意欲を持つのはある意味で当然の欲求といえましょう。そもそも人間は一人で孤立して生活することのできない社会的な存在です。社会のどこかに自分の居場所をもち、自分の力を発揮して役に立ちたい、そして評価をしてもらいたいと願うものであり、こうした気持ちは人としてむしろ自然な欲求ではないかと思います。また今の時代は夫一人に生計の資を頼るのはリスクが大きい時代です。企業の倒産やリストラの不安を持つことなく仕事ができる男性はむしろ少ないことでしょう。子どもの教育や住宅取得、老後の備え等を考えても、妻の就労は不可欠の要素となっています。

このように女性自身の自己実現のためにも、一家の経済的な必要性からも、結婚後も就労を希望する女性が増加しています。しかし、家庭と仕事の両立を保障する制度は企業側には未だ乏しく、保育制度も必ずしも働く親の実情に即していません。こうした現状から、仕事を辞めざるを得なかった女性が少なくないのです。そうした女性たちにとって、子育てに専念する生活は社会から取り残されたような焦りと不安を募らさざるを得ないということでしょう。

一方、子育てに専念する生活を自ら望んで選んだという女性も少なくありません。しかし、それでもなお子育てが一段落した時を考えると自分の生活に不安と焦りを覚えるといいます。子育てが終わった後の生活に展望を持てない不安を忘れようとする余りに教育ママ化していく女性も少なくありません。


子育てに専念している今の生活が社会から閉ざされているだけでなく、子育て終了後の生活にも先が見えないという不安が重なると、母親の虚しさと焦りはいっそう強くならざるを得ないのです。

●終わりに

以上、育児に専念する母親が現在直面している問題点の概略を述べてきました。

もっとも、それでは働く母親の子育てに問題がないかというと、そういう訳ではありません。また乳幼児期は育児に専念したいと願う女性がいることも事実ですし、その選択が尊重される必要性もまた否定できないと思います。しかし、そうした選択の理由が乳幼児期は母親が育児に専念しなければ子どもがよく育たず、将来にわたって心に深い傷を残すという、いわゆる「三歳児神話」を根拠とするものであれば、それは事実に反していることを指摘しなければなりません。むしろ、そうした人々の固定観念が働く母親の両立支援を遅らせたり、心理的に追いつめている原因であると考えます。

母親の就労と子どもの発達との関係を検証した縦断的研究は母親の就労は必ずしも否定的な影響を子どもに及ぼしていないだけでなく、積極的な意義が認められることを明らかにしています。重要な点は単に母親が働いているかいないかではなく、母親自身の就労態度や家族の協力のあり方、そして、女性の就労環境の整備の如何にかかっているといえましょう。この点については、今回私に与えられたテーマの域を超えますし、また紙幅の関係もあって詳しく述べられませんが、その詳細は下記の参考文献を参照いただければ幸いです(大日向1998~1999、Gottfried(eds)1988)。

「育児はすばらしい仕事だ。それを考えないで外で働くことばかりに目を向けるのは愚かである。最近は女性の自立や就労の意義ばかりが喧伝されるからいけない。主婦はもっと尊重されるべきであり、女性は主婦としての生活にプライドをもつべきだ」とする意見もあります。確かに家事・育児、そして介護など、家庭内で行われる仕事は私たちの生活に欠かせない基本として大切にすることに、私も異論はありません。また子育ては苦行だけではけっしてありません。幼い子どもが育っていく姿に接して私たち大人が得られる喜びは、育児の大変さを超えて余りあるものがあると思います。従って子育ての喜びを共有するためにも、育児が女性にだけ課せられている現状を改善しなければならないと考えるのです。父親はいうまでもなく、親でない人々もそれぞれの立場で、できうる限り子どもの成長に接し、それを支援できる社会は、人間らしい働き方や社会生活が保障されるゆとりのある社会にあって初めて実現されることでしょう。そうした社会を一日も早く実現するためにも、子育てが女性にだけ託されている現状の中で母親たちが苦しみ、葛藤し、結果的に子どもや育児に適切に関わりにくくなっているという実態が真剣に見直されなければならないと思います。


参考文献:
Gottfried,A.E.(eds)1988 佐々木保行監訳『母親の就労と子どもの発達』1996年、ブレーン出版
大日向雅美『子育てと出会うとき』1999年、NHKブックス
大日向雅美「連載 母性愛神話を問い直す」『こころの科学』第77号~第88号、1998年~1999年、日本評論社



大日向 雅美 (おおひなた・まさみ)
恵泉女学園大学人文学部教授。専門は発達心理学・女性学。1950年生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。同大学院人文科学研究科博士課程修了。著書に『母性は女の勲章ですか』(産経新聞社)、『子育てと出会うとき』(NHKブックス)など。

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