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【子どもから学ぶ:発達心理学への招待】 第2回 子どもとお金

要旨:

お正月のお年玉や普段のおこづかいなど、幼い頃から子どもがお金に接する機会は少なくありません。子どもにとっては欲しい物が買えたりうれしいできごとですが、保護者の方からすればどうやって使わせるか悩ましいことでもあります。今回は、お金を題材にした心理学の研究をいくつか紹介しながら、子どもの頃からのお金との関わり方について考えてみたいと思います。

Keywords:
おこづかい、消費者教育、プライミング

お正月につきもののお年玉。年の初めに子どもに贈り物をする習慣は、室町時代から盛んになり、近世では武士は太刀、商人は扇子といったように自分の作ったものや家業と関わりが深い品をあげていたそうです(前田,2005)。時代は変わりお金が使われるようになった現代でも、大人が子どものよろこぶ顔見たさに手渡す気持ちに変わりはなく、ついつい大盤振る舞いしてしまった方もいるでしょう。もらった子どもたちは、何を買おうかうれしい悩みだったに違いありません。

心理学でもお金を題材にした興味深い研究があり、最近では子どもを対象にしたものも行われています。今回は、いくつかの研究を紹介しながら、子どもの頃からのお金との関わり方について考えてみたいと思います。

おこづかいと消費者教育

昨年の暮れ、自宅のポストに配られたフリーペーパーに、子どものおこづかいに関する記事が載っていました。おこづかいはいつからどれぐらいあげるべきなのか、管理はどうすればいいのかなど、親御さんが気になることは少なくないようで、子ども向けマネー教育の専門家が丁寧に答えていました(地域新聞社,2016)。

消費者教育という言葉があります。平成24年に施行された「消費者教育の推進に関する法律(消費者庁,2012)」によれば、個人が消費生活の仕組みに関する知識や技能を学び、豊かで安全な暮らしを実現していくための活動を意味します。消費者教育の対象は幼児から高齢者までと幅広く設定されており(消費者庁,2013)、幼少期の頃に学ぶべき内容は、発達段階に応じてより現実的になっていきます。例えば、幼児では「おつかいや買い物に関心を持とう」「欲しいものがあったときは、よく考え、時には我慢することをおぼえよう」などであったのが、小学生になると「消費をめぐる物と金銭の流れを考えよう」「お小遣いを考えて使おう」という具合です。先ほどの専門家の方も、子どもが小学生にあがる時期におこづかいを始めることを薦めていました。ちなみに、おこづかいの金額は、その使い道を自分で使うためや誰かのため、いざというときのためといったように分け、それぞれどれぐらい必要かを親子で一緒に考えて決めるのが良いようです。親は子どもにおこづかいの使い方のルールを伝えているつもりでも、子どもがルールを理解していないケースは少なくありません(岡野,1992;渡邊・岸,2006)。親子でルールを決めて確認し合えば、子どものお金の使い方で言い争うことも少なくなります。また、子どもが親と決めたルールの基で計画的におこづかいを管理するようになれば、無駄使いが減り、インターネット上で自分でも気づかないうちに高額なお金を使ってしまうようなトラブルも防ぐことができるでしょう。また、消費者教育の観点にたてば、おこづかいで足りない分を、子どもの年齢に合わせたお手伝いでカバーさせるのも良いでしょう。子どもが欲しい物のために少しでも自分で"稼ぐ"のは、お金が労働の対価であることを知る上で大事な機会と言えるでしょう。

子どもがお金と接すること

ここで、大学生を対象に実施されたお金にまつわる心理学の研究を1つ紹介します(Vohs et al., 2006)。この研究の結論を最初に言ってしまうと、お金のことが頭に浮かんでいる人は、人に頼ろうとせず、自分のしていることに夢中になり、他者への関心もおろそかになるというものです。調査に参加した一部の学生には、お金に関わる単語(給料など)も含めた5つの言葉を使って正しい文章を完成させる課題を与えてお金のことを頭に思い浮かべてもらい(お金想起群)、残りの学生には、お金に関わる単語がない5つの言葉で正しい文章を作る課題を与えました(統制群)。その後、どちらのグループにも共通してとても難解な図形の問題に取り組んでもらい、問題を解くのはいつやめてもよく、実験者からヒントをもらうこともできると伝えました。2つのグループの様子を比較したところ、お金想起群の方が統制群に比べて図形問題に長く取り組み、ヒントを求めないという違いが見られました。また、他の実験では、お金想起群は統制群に比べて、初対面の人と一緒に作業することを求めた場合には一人で作業することを好み、側にいる人が困っている状況(持っていた鉛筆の束を床にばらまいてしまう)では積極的に手伝おうとしないこともわかっています。心理学では、先行する刺激の処理(この場合はお金)が後に起こる刺激の処理(この場合は与えられた図形問題や援助を必要とする他者の存在)に無意識に影響することをプライミング効果と呼び、このお金によるプライミング効果は、幼児(3-6歳)を対象にした実験でも認められています(Gasiorowska et al., 2016)。幼児の場合には、お金の刺激を与えるグループには本物の貨幣(コインと紙幣)を、そうでないグループには同じ大きさのボタンと色紙を渡して、同じ種類に分類する課題に取り組んでもらいました。その後、成人と同じような問題や状況を設定したところ、貨幣を使ったグループの方が難しい迷路問題に長く取り組んでヒントを求めようとはせず、実験者が別の場所にあるクレヨンをなるべく多く持ってきて欲しいと頼んだときには、少ない本数ですませてしまう傾向が見られたのです。お金を想起することがなぜこのような態度につながるかはまだわかっていないことも多いですが、お金の"魔力"は幼い子どもにとってもあなどれないようです。

だれかのためにお金を使う

お金を思い出すことが非社交的な態度につながらないようにするには、幼い頃からお金への権利意識やこだわりを強くもたないでいることが必要でしょう。例えば、自分がもらったおこづかいをだれかのために使うというのは、お金は自分の欲しいものを買うためだけではなく、人との関係のために使うことを学ぶ良い機会になると思われます。日本の就学期の子どもが、アジアの他の国(韓国、中国、ベトナム)の子どもに比べておこづかいに対する権利意識が強く家族のために使うことが少ないという報告(山本・片,2000;呉,2012)を知れば、ますます重要に感じます。

NHKの人気番組である白熱教室シリーズでも取り上げられたダン教授は、生活に必要な基本的な欲求が満たされていれば、お金は自分のために使うよりもだれかのために使う方が幸せであると主張します(Dunn et al., 2008)。ダン教授(Aknin et al., 2012)によれば、お金ではないですが、トドラー期(2歳になるぐらいの年齢)の子どもでもだれかにおやつをあげることで幸せと感じるようです。この研究では、子どもしかおやつを持っていないときに、目の前にいるおやつ好きのパペット(お猿さんの人形でおやつをおいしそうに食べるふりをする)とおやつを分け合う状況をいくつか設定し、子どもの表情や態度から幸福度を測りました。1つ目は実験者が新しいおやつを出してパペットに直接渡す状況、2つ目は実験者が新しいおやつを出して子どもにパペットにあげていいかを尋ねてから渡す状況でした。3つ目は、新しいおやつがなく子どもが持っているおやつをパペットにあげていいかを尋ねてから渡す状況であり、子どもがもっとも喜んだのはこの自分のおやつを分け与えたときだったのです。

ご家族がお互いにプレゼントし合う関係のなかで、お子さんがおこづかいを使って親御さんやごきょうだいに贈り物をするのは、もらった相手ばかりでなくあげた本人も幸せな気分にさせてくれることでしょう。


引用文献

  • Aknin, L. B., Hamlin, J. K., & Dunn, E. W. 2012 Giving leads to happiness in young children. Plos one, 7, e39211.
  • 地域新聞社 2016 自分たちで上手におこづかいを管理できる方法 ちいき新聞中山版,4.
  • Dunn, E. W., Aknin, L. B., & Norton, M. I. 2008 Spending money on others promotes happiness. Science, 319, 1687-1688.
  • Gasiorowska, A., Chaplin, L. N., Zaleskiewicz, T., Wygrad, S., & Vohs, K. D. 2016 Money cues increase agency and decrease prosociality among children: Early signs of market-mode behaviors. Psychological Scicence, 0956797615620378.
  • 呉宣児 2012 お小遣い・お金と金銭感覚 日韓中越の子どもたちの生活世界の豊かさ・貧しさの考察 共愛学園前橋国際大学論集,12,1-16.
  • 前田富祺(監修) 2005 日本語源大辞典 小学館 pp.815
  • 岡野雅子 1992 子どもの金銭感覚の発達(第2報)家庭教育との関連 日本家政学会誌,43,1087-1097.
  • 消費者庁 2012 消費者教育の推進に関する法律(平成二十四年法律第六十一号) http://www.caa.go.jp/information/pdf/120822_houritsu.pdf(2017年1月11日閲覧)
  • 消費者庁 2013 消費者教育ポータルサイト http://www.caa.go.jp/kportal/index.php#search-imagemap(2017年1月11日閲覧)
  • Vohs, K. D., Mead, N. L., Goode, M. R. 2006 The psychological consequences of money. Science, 314, 1154-1156.
  • 渡邊彩子・岸麻美 2006 小学生の金銭感覚と消費態度 群馬大学教育学部 芸術・技術・体育・生活科学編,41,179-190.
  • 山本登志哉・片成男 2000 文化としてのお小遣い-または正しい魔法使いの育て方について- 日本家政学会誌,51,1169-1174
筆者プロフィール
report_sakai_atsushi.jpg 酒井 厚 (首都大学東京 都市教養学部 准教授)

早稲田大学人間科学部、同大学人間科学研究科満期退学後、早稲田大学において博士(人間科学)を取得。山梨大学教育人間科学部を経て、現在は首都大学東京都市教養学部准教授。主著に『対人的信頼感の発達:児童期から青年期へ』(川島書店)、『ダニーディン 子どもの健康と発達に関する長期追跡研究-ニュージーランドの1000人・20年にわたる調査から-』(翻訳,明石書店)、『Interpersonal trust during childhood and adolescence』(共著,Cambridge University Press)などがある。
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