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父親支援に関する全国自治体調査について

はじめに

2015年4月より、新しい子ども・子育て支援制度が開始された。社会全体で子育てを支えていく、体制が整いつつあるといえる。しかしこれまでの少子化対策、子育て支援の取り組みは、その対象に「母親」を中心として推進されてきた。従来の日本社会においては「専業主婦」が子育ての中心になっており、母親がその役割を担っていくことは、社会システムの上においても当然のこととされてきた。

しかし働く母親の増加はその専業主婦の減少につながり、1955年以降は専業主婦家庭より共働き家庭の方が多くなっている。社会システムとしても、母親のみで子育てを行うことが、困難な時代に移行しているといえる。また同時に子どもの育ち自体に関しても、その在り方が問われている。母親を中心とした、育児ストレスや育児ノイローゼと言われる子育てに関する困難さが顕著化し始めた。同時に児童虐待の増加やその内容の峻烈さが、社会的にも大きく関心を集めることとなった。

このような社会状況において、母親のみに子育てを押し付け、強要する社会の在り様に疑問が呈されるようになり始めた。その結果、子育ての担い手を母のみに限定するのではなく、子育てを広く社会全体で支え、担っていくという方向性がみられるようになってきた。それらは、地域社会の子育て支援であったり、祖父母や母親同士のネットワークとなってきた。これらの社会の潮流の中で、子育て支援の対象者が拡大し、もう一方の親としての父親に注目が集まり始めた。

同時に当事者としての父親たちにも、積極的に子育てに関わっていくという動きが見られ始めた。それらの活動が「イクメン」という言葉の流行を生み出したり、また「ファザーリング・ジャパン」などの父親支援のNPO活動となり始めたのである。

この様に父親の育児参画が、社会全体で強く求められるような状況ではあるが、具体的な父親支援に関する調査研究は、我が国においてはあまり活発ではない。そのような状況に鑑み、市民生活に最も身近な基礎自治体(特別区市町村)において、現在どのような父親支援の政策や活動がなされているかについて関心をもち、本調査をおこなった。

子ども・子育て支援新制度では、保育や子育て支援の実施主体として、基礎自治体が位置付けられている。各自治体の子ども・子育て会議では、その地域社会の特徴や状況に応じた、子ども・子育て支援対策の計画、政策実施が求められている。新制度では最も身近な基礎自治体が子育ての基本的な責任を担うことが明記されており、それを受けて、当然父親に対する子育ての在り方や支援の方法も、各自治体において様々な取り組みがなされている。そのような全国の自治体の父親支援に関する取り組みを調査することは、現在の子育て支援の在り様を父親という視点からとらえることにつながる。また現在の父親支援や子育て支援全体についての理解を進め、またこれからの子育て支援の新たなる方法やあり方について、より深化して検討することにつながるとも考える。以下に、本調査の概要と結果を記す。

1. 調査目的

本調査の目的は、全国の基礎自治体の父親支援の取り組みの現状を把握することである。全国の市区町村がどのような形で父親支援に取り組んでいるのか、また父親支援についての意識や問題点、あるいは父親支援の取り組みの決定要因について、アンケート調査から明らかにすることを目的とする。

本研究における父親支援とは、各自治体が主として子育て支援の一環として行っているものを指す。具体的には妊娠中から就学前までの子どもをもつ父親に対する様々な啓発・ツール等の教育事業、イベント・講演会の参加事業、相談・ネットワーク等の支援事業など、父親の子育てに関わるものすべてを指す。

2. 調査概要

調査の概要は以下のようになっている。

【調査対象】 全国の市区町村の子育て支援担当者を対象に、郵送による調査を実施した。対象自治体は1,741箇所であった。大都市圏の区制度を設けている自治体においては、全体を一つの市としてとらえた。配布数は1,741箇所で、回収数は723であった。回収率は41.53%であった。
【調査時期】 2015年10月~11月
【調査方法】 郵送による配布と回収。無記名式(インタビュー等の了解を得るために、対応可能自治体においては記名を依頼した)。選択式と記述式による回答。
【調査内容】 本調査の準備として事前に作成した調査票について、数か所の自治体職員に回答を依頼した。同時に質問項目、回答方法などについての検討を依頼した。その結果を考慮し、本調査のために新たに質問票を作成し配布回収を行った。質問項目は4部からなる。
1.父親支援の状況 2.父親支援に対する意識 3.父親支援の取り組みの課題 4.自治体プロフィール
【倫理的配慮】 調査依頼書に調査目的、データ使用方法、連絡先を明記し、適正な調査とデータ処理についての理解を得た。またデータは自治体や個人を特定しないように配慮を行った。

3. 結果

調査全体は多岐にわたるので、今回は ①回答があった自治体のプロフィールと ②父親支援の具体的なプログラムの取り組み、そして ③父親支援に対する意識を中心として検討を行う。

①自治体プロフィール

各自治体の基礎的データについて述べる。

(1) 自治体分類
基礎自治体は、その行政規模により、政令指定都市、中核市、市、町、村の5つに大別できる。また東京都においては、23の特別区が存在している。全国の自治体すべてを対象とし調査票の配布を行った。回収の結果は以下のとおりである。回答自治体の内訳としては、市(308市、42.6%)と町(303町、41.9%)がもっとも多く、その大半を占める(表1)。

表1.回答自治体の分類


1 2 3 4 5 6 DK









23


全体 723 9 28 9 308 303 61 5
100.0% 1.2% 3.9% 1.2% 42.6% 41.9% 8.4% 0.7%


(2) 自治体の人口について(2015年4月1日現在)
自治体の分類は、その人口に大きく影響を受ける。地方自治法では市の規定として第8条において以下の規定を設けている。

地方自治法
第八条 市となるべき普通地方公共団体は、左に掲げる要件を具えていなければならない。
一  人口五万以上を有すること。
二  当該普通地方公共団体の中心の市街地を形成している区域内に在る戸数が、全戸数の六割以上であること。
三  商工業その他の都市的業態に従事する者及びその者と同一世帯に属する者の数が、全人口の六割以上であること。

単に人口だけがその規定要因ではないが、自治体の規模を示すものとして、人口は最も重要な要因となる。人口規模が大きいという事は、予算や社会資源がそれに伴い大きいという事であり、様々な政策や活動が行える可能性が高いという事でもある。

本調査における自治体の人口調査の結果は以下のようになっている。

表2.回答自治体の人口

項 目最 少最 大平 均中央値
人口 (人)300370万79,19728,000


(3) 人口の増減について(過去三年間の人口の増減)
子育て支援、少子化対策の大きな目的の一つは、人口の減少への対応である。各自治体の人口の増減は、その自治体の子育て支援対策に大きな影響を与える。我が国の自治体の多くは、人口減少の状況にあり、自治体自体の存続自体に影響を与える。人口増加の自治体は全体の13.7%にとどまっており(表3)、本格的な人口減少社会の到来である。そのような社会状況において、子どもを産み育てるという活動は単に個人の幸福感や家族形成のみならず、我が国における人口政策や経済活動においても、大きなインパクトを与えるものとなっている。

表3.回答自治体における過去三年間の人口の増減


1 2 3 4 DK



















全体 723 99 88 524 1 11
100.0% 13.7% 12.2% 72.5% 0.1% 1.5%


②自治体の父親支援の具体的な状況について

ここではより具体的な父親支援活動の取り組みについて、その実施状況について尋ねた。父親支援の活動は現在様々な取り組みがなされている。大きく分類すると

  1. 父子手帳などの父親の意識啓発のための活動
  2. パパスクールなどの父親の学び、学習のための活動
  3. 父親イベントなどの父親の育児参画を求める活動
などである。またこれ以外にも、妊産婦のパートナーを対象とした、プレパパスクール、父親とパートナーを対象にした講座なども見られる。ここより具体的な取り組みとして、以上の3つを取り上げ検討する。

また自治体が取り組んでいる子育て支援関連プログラムを概観して、その対象者別に考えた場合「母親、父親、夫婦」の取り組み割合についても尋ねた。

(1) 父子手帳等の冊子作成(父親の育児に関する知識を得て、意識の変革につながる冊子)
1985年に東京都が発刊したものに代表されるように、全国の自治体において、父親育児啓発や子育て知識の学習のために「父子手帳」「パパbook」などが発刊されている。母子手帳(母子健康手帳)とは違い、法的な根拠や配布が自治体に義務付けられているわけではない。あくまで自治体の任意であるが、少しずつその数は広がってきている。しかし現時点では取り組んでいない自治体がほとんど(74.1%)であり、自治体間における意識や取り組みの姿勢の違いが顕著である(表4)。

表4.父子手帳の取り組みについて

N
全体  723  100.0%
1取り組んでいる   181  25.0%
2これから取り組む予定  13 1.8%
3以前取り組んでいた  27 3.7%
4取り組んでいない  496 68.6%
DK無回答  6 0.8%


(2) パパスクール(継続的な父親の育児やパートナーシップ等の学びプログラム)
パパスクール、父親学校などの取り組みが、全国で少しずつ広がってきている。これらは単なる単発イベントとは違い継続的な学びの場であり、参加する父親たちのつながりやネットワークも視野に入れたものである。生涯学習の視点や男女共同参画の理解なども相まって、実施主体も子育て支援関係だけでなく、地域の公民館や男女共同参画センターなどでも取り組みがみられ、男性の育児を社会全体の幅の広い立場から支えていこうとする姿勢がみられる。しかし全体的に見ると、パパスクールについて「取り組んでいる」と答えた自治体は6.1%と、ほとんど取り組まれていない(表5)。父親を育児の主体として位置づけておらず、子育ての知識や意識を得る機会が、男性にはほとんど用意されていないことが明らかである。

表5.パパスクールの取り組みについて

N
全体  723  100.0%
1取り組んでいる   44  6.1%
2これから取り組む予定  21 2.9%
3以前取り組んでいた  9 1.2%
4取り組んでいない  641 88.7%
DK無回答  8 1.1%


(3) 父親向けの参加イベント(子どもとともに参加できるもの)
父親の育児に関するプログラムで、比較的取り組まれているものがこの子育てに関するイベントである。やることが明確であり、また行政としても具体的に集客につながり、効果測定しやすいという事もあると考える。それでも67.2%の自治体は父親を対象としたイベントに「取り組んでいない」と回答しており、子育ての主体として父親が想定されていない(表6)。

表6.父親のイベントの取り組みについて

N
全体  723  100.0%
1取り組んでいる   187  25.9%
2これから取り組む予定  16 2.2%
3以前取り組んでいた  31 4.3%
4取り組んでいない  486 67.2%
DK無回答  3 0.4%


(4) 子育て支援全体の対象者別プログラム割合(平均値)
自治体の子育て支援全体のプログラム対象者について、「父親」「母親」「夫婦」の割合を尋ねた。全体のプログラムを10とした場合、それぞれの対象者のプログラムはどの程度の割合であるかと尋ねた。もちろん自治体によりばらつきがあり、父親対象プログラムが「4」というところもあった。しかし全体の平均値を算出して比べてみると、6.1の母親に比べて圧倒的に低い数値の0.9となり、夫婦を対象としたプログラム (3.2) よりも低いものとなっている。

現在の「子育て支援」自体の枠組みが、「母親支援」に傾倒しており、育児の主体としての「父親」という位置づけがほとんどなされていないという事が、明らかになっている。

③父親支援に関する意識

自治体の父親支援の必要性とその取り組みの姿勢について尋ねた。

(1) 父親支援の必要性について
「父親支援は必要であると思う」かどうかについて尋ねた。必要性を認める肯定的な意見が、「とてもそう思う」28.8%、「そう思う」60.3%を合わせて89%と、多くを占めている(表7)。多くの自治体は父親支援の必要性を認めており、それらが父親のみならず、「母親の負担の軽減」「子どもの豊かな育ち」「少子化対策」につながると考えている。子育て支援における、新たな顧客として父親支援の可能性は認めているといえる。

表7.父親支援の必要性について

N
全体  723  100.0%
1とてもそう思う   208  28.8%
2そう思う  436 60.3%
3あまり思わない  25 3.5%
4全く思わない  0 0.0%
DK無回答  54 7.5%


(2) 具体的な父親支援の計画と数値目標について
それではそのような必要性をより具体的なものとするために、2015年度よりスタートした地域の「子ども・子育て支援事業計画」において、父親の育児支援に関する記述記載の有無と具体的な事業の有無、そしてより実効性の高い数値目標についての記載の有無について尋ねた。

より具体的、実効的なものになればなるほどその数値は下がり続ける。特に具体的な評価ができる数値目標については、記載有り4.3%にすぎず、ほとんどの自治体においてはそれらの数値目標が設定されていない。

表8. 子ども・子育て支援事業計画における父親支援に関しての記載の有無

 記載有り  記載なし 
父親支援活動の記載  33.1% 64.6%
具体的な政策の記載  20.6% 75.8%
数値目標の記載  4.3% 91.3%


(3) 自治体の父親支援への取り組み姿勢について
「自治体として積極的に父親の育児支援に取り組んでいると思いますか」と尋ねた。

父親支援の必要性や意義について多くの自治体は認めているが、実際の取り組みの姿勢になると、「あまり思わない」と「全く思わない」を合わせて81.1%と、多くの自治体の取り組みは消極的なものとなっている。ここに意識と実際のかい離がみられる。一口に自治体と言っても様々であり、それぞれの地域性や事情があり、安易に一つの方向性や形を示すことはできない。しかしそれでも父親支援に関しては、あまりに意識とのかい離が大きい。

表9.各自治体の父親支援の積極的な取り組み姿勢

N
全体  723  100.0%
1とてもそう思う   6  0.8%
2そう思う  122 16.9%
3あまり思わない  503 69.6%
4全く思わない  83 11.5%
DK無回答  9 1.2%

4. 考察

全国基礎自治体の父親支援に関する調査は、本邦においては本調査が初めてでありその意義は大きい。子育て支援を積極的に推進する自治体のデータは、今後の父親支援を進めていく上で大きな示唆を与えるものである。

父親支援の取り組みに対する必要性は多くの自治体において大変高いものになっているが、実際の取り組みや計画になると著しく低いものとなっている。「思いはあるが活動ができていない」という状況が起きている。行政の意識と実践における齟齬が存在している。この様な取り組み段階の実施困難な状況の要因について今後検討を加えていき、それらに対応した取り組みを行う必要がある。

父親支援が社会において十分に浸透していない状況においては、父親自身の意識の変化が起き子育てに対して意欲をもっても、その具体的な育児活動の活性化につながりにくいと考える。「子育て」を家庭内のみの責任と、その主体性だけに任せてしまうのではなく、父親も含めた保護者が主体的に子育てに関われるような、既存施設の変革とそれらの教育的な支援や地域社会のネットワークの構築など社会環境の整備がもとめられる。それぞれの自治体の少子化対策や子育て文化の構築は、これまでこの分野においてその対象としての認識が低かった父親を入れることにより、新しいステージへと展開ができると考える。

また、今後の子育て支援の中核となる「こども子育て支援事業計画」においても、具体的記述、数値目標共に低いものとなっている。この計画は5年を一区切りとしており、この5年の間により効果的かつ具体的な父親支援を構築する必要性がある。また父親支援の取り組みの在り様や具体的なプログラム、ツールの作成、支援者の要請などの課題も新たに浮かび上がった。

これまでの「子育て支援」は、「母親」を対象の中心として、その整備や内容が構築されてきた。主として母親が子育てを担っていた時代や文化においては、そのことは至極当然の事であった。しかし近年の男女共同参画の推進や共働き家庭の増加、男性の積極的な育児への関与や男性労働を取り巻くあまりに過酷な環境など、様々な要因により、男性が育児に対して過去に例をみないほど肯定的なかかわりを示している。子どもの豊かな育ちの環境を構築するために、このような変化は大変良いタイミングであり、また子育て環境の多様性を作り出すまたとない機会である。この機会を最大限に活用していくために、地方自治体に対して以下の3点を提示したい。

  1. 地方自治体の行政区における父親参加の意識や文化の醸造に努める
  2. 男性も含めた子育ての主体としての親への積極的な支援やその機会を増やしていく
  3. 男性を取り巻く労働環境を中心とした働き方の変革を企業とともに進めていく

これら3点は決して単独の政策などで成せるものではなく、3点の総合的な推進と、他の様々な政策や計画との統合の中で初めて実現可能なものになる。これらの取り組みを行うためには、まずは「父親」自体を子育ての主体として位置づけ、その主体を中心とした積極的な関与や支援が必要になる。 本調査は、そのような積極的な支援を行うための基礎的な調査であり、今後その詳細な内容の検討や分析を行うことにより、より具体的で、有効な父親支援の在り様について考察を進めていきたい。

本調査の知見をもとにして、今後父親支援自体の理論と具体的な方法の構築が望まれる。


なお本調査は科学研究費助成事業基盤C「15K00725父親支援教育における基礎理論構築に関する研究」の一環として実施した。

筆者プロフィール
Yasuhiro_Kozaki.jpg小崎 恭弘(こざき やすひろ)

大阪教育大学教育学部教員養成課程家政教育講座 (保育学) 准教授
武庫川女子大学大学院臨床教育学研究科終了。
関西学院大学大学院人間福祉研究科後期博士課程満期退学。
西宮市市役所初の男性保母として採用
市役所退職後、神戸常盤大学を経て、現職。
専門は「保育学」「児童福祉」「子育て支援」
NPOファザーリングジャパン顧問・NPOファザーリング・ジャパン関西理事、顧問。
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