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【ヒューストンの自閉症児支援プログラム】第2回 行動療法センター: スペクトラム・オブ・ホープ

要旨:

自閉症児の母親である筆者は、昨年よりテキサス大学医学部の自閉症クリニックの客員研究員として、研究指導を受けています。そこで広がったネットワークをもとに、ヒューストン市とその郊外にある自閉症の子どもたちやその親を対象とした学校、医療機関、療育施設、サポートセンターなどを順に紹介していきたいと思います。今回は、ヒューストン市内の中でも、最も大きな自閉症者のための行動療法センターの一つであるスペクトラム・オブ・ホープを取り上げます。
はじめに

筆者は、2013年6月より、世界最大の医療センターであるテキサス・メディカル・センター内にあるテキサス大学医学部の自閉症クリニック(C.L.A.S.S. Clinic)の客員研究員として、自閉症研究と臨床で著名なDr. Katherine Loveland氏より研究指導を受けています。今回は、ヒューストン市内の中でも、最も大きな自閉症者のための行動療法センターの一つであるスペクトラム・オブ・ホープを紹介したいと思います。

スペクトラム・オブ・ホープは、自閉症スペクトラム障害とその他の行動や発達の障がいを持つ子どもたちを対象とした行動療法のセンターです。障がいをもつ子どもたちが生涯を通して自分の可能性を発揮し、家族や地域社会の一員として活動できることをねらいとしています。Kimberly Wallace氏により2004年に創設されました。自閉症スペクトラム障害の息子を持つ彼女は、息子が15ヶ月の時に自閉症の診断を受けてから、様々な治療法について学び、応用行動分析(ABA)に基づいた療法がもっとも効果が高いという結論にたどり着きました。応用行動分析とは、アメリカの行動主義の考え方から生まれたもので、自閉症の子どもたちが日常生活に必要なスキルを獲得したり、問題行動を減らしたり、望ましい行動を般化するために効果的な方法として知られています。その当時、質の高い応用行動分析療法を提供するセンターが周辺になかったことから、自身でセンターを立ち上げることにしたそうです。

現在の利用者の数は60~65人で、年齢は2歳半から23歳までに及ぶそうです。指導者とスタッフの数は総計で65名です。そのうち管理職が6名、臨床心理士が2名、言語聴覚士が1名、認定行動分析士(BCBA-D)の資格を持つ指導者が10名配置されているそうです。資格をとるためにさらにコースを受講している指導者も多いということでした。

施設としては、ヒューストンとその市街地にキャンパスが2ヶ所あります。メイン・キャンパスと思春期プログラム専用のキャンパスです。メインキャンパスと同じ敷地内に、現在3つめの建物を建設中だそうです。この新しい建物は、親教育やコミュニティーの公開講座などを行うことができる講堂、集中的な食事行動療法プログラム(下記で紹介)、カウンセリング、言語聴覚療法、早期介入プログラム(障がいを持つ乳幼児を対象としたプログラム)などのために使用される予定です。

以下、プログラムの概要を説明します。まずどのプログラムが最適かを診断するために行動アセスメントを行います(図1)。その際、確定診断を受けている子どもとそうでない子どもとでは、最初のステップが異なってきます。診断を既に受けている場合、行動面(問題行動、運動能力、認知、社会性、自立)において評価を行います。具体的には、食事、排泄、衛生、自立、コミュニケーションなどの能力に着目します。確定診断をまだ受けていない場合、このセンターに籍のある資格のある臨床心理士が、評価を行います。確定診断と行動アセスメントの結果を踏まえ、さらに親の子どもへの願いを考慮しながら、子どもにとってどのプログラムが最も適しているか話し合いを行います。


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スペクトラム・オブ・ホープには現在5つのプログラムがあります。各プログラムの概略をまとめたものが図2です。

図2.プログラムの種類 (Spectrum of Hope, 2012)

  対象年齢 セラピストとクライエントの割合 プログラムの概要
In-Home
(イン・ホーム)
15ヶ月以上 1:1 言語、非言語でのコミュニケーション、身体的能力、自立を身につける。個別化された行動修正や社会的なかかわりが主な活動。また家族のニーズを考慮しながら親教育も目的としている。
Hope Extended
(ホープ・エクステンデッド)
4-11歳 1:1*1 行動面での介助をできるだけ減少させ、自分でできることを増やすことが目的。また社会的能力を身につけ、グループ活動に参加することが主な活動。
Adolescents
(思春期)
11-21歳 1:1もしくは2:1 自立を目的としたプログラム。機能的コミュニケーション、グループや個人的な対応、レクリエーション、適応的運動、社会統合の能力を身につけるのが主な活動
Day Treatment
(デイ・トリートメント)
3-7歳 1:1 幼少期の子どもを対象にし、言語、非言語でのコミュニケーション、身体的能力、自立を身につける。個別化された行動修正や社会的なかかわりが主な活動。特に診断を受けたばかりの子どもに適したプログラム。
Hope Academy
(ホープ・アカデミー)
4-12歳 1:5 普通学校に移行するためのレディネス教育。高いレベルの社会的能力、自己管理の能力を身につけることが目的。州教育の制度に基づいたIEP(個別指導計画)を作成し、特殊教育の資格を持つ教員が担当する。
*1 しかし、子どもの年齢やクラスルームの状況により割合が2:1もしくは2:3に変わる。

In-Homeは、家庭内で行われる療育プログラムです。それ以外は、スペクトラム・オブ・ホープのキャンパスを使って行われます。プログラムへの一週間あたりの参加時間は、最低15時間から最高35時間までだそうです。


次に、スペクトラム・オブ・ホープの特徴を説明します。

1. 個別化されたプログラム

それぞれの子どもについて得られた評価をもとに、そのニーズに応じた治療と指導計画が作成されます。一人の子どもにつき、5,6人のスタッフが集中的に指導にあたるそうです。このことは、応用行動分析療法を導入することにより、個別化したプログラムが可能であるということにもつながっているようです。マンツーマンの指導が重視され、これにより、新しいスキルを獲得することができるように手助けしたり、望ましくない行動を軽減することがより有効であると考えられています。具体的な個別指導の例として、次の二つの写真を紹介します。写真1は、タブレット型端末を利用することにより、コミュニケーションの能力を高める援助を行っています。これは、AAC(Augmentative & Alternative Communication=補助代替コミュニケーション)の一例です。補助代替コミュニケーションとは、音声や文字言語の理解や表出に障がいのある人のために使われる代用の装置や手段です。特に自閉症者のためには、写真や絵、サイン、デジタル機器などが使われます。筆者が見学した別の応用行動分析療法を中心に行っているヒューストン市内の障がい児のための学校においても、各子どもたちがそれぞれタブレット型端末などのデジタル機器を利用していました。写真2は、手先の筋肉の発達を助けるために、教師の援助を得ながら、ハサミを使う練習をしています。しかしそれだけではなく、グループという枠の中で他の子どもたちと触れ合う機会を得ることにより、指示に従うこと、課題を終了させることも同時に達成の目標として掲げられています。このように、子どもの進度に応じて、1対1の集中的な療法から、さらに高度な技術やコミュニケーションへと移行できるように考慮されています。

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写真1 タブレット端末を利用する補助代替
コミュニケーションの指導
写真2 手先の発達を促すため
ハサミを使った指導

2. 健常児によるモデリング

ホープ・アカデミーでは、それぞれの自閉症児が同年齢の健常児とペアになり活動を行うことを重視しています。このホープ・アカデミーは、自閉症児のみでなく、健常児の子どもたちも通っています。その子どもたちとは、障がい児の兄弟姉妹やセンターのスタッフの子どもたちが多く、ほとんどが未就学児です。また減額した授業料で通えるように工夫されているそうです。

3. 家庭のニーズを考慮

スペクトラム・オブ・ホープと平行し、言語療法や作業療法などに参加している子どもの場合は、親がセラピストのクリニックへの送り迎えをしなくてもいいように、外部のセラピストがスペクトラム・オブ・ホープに来て訓練を行うことができる場を提供しているそうです。

4. 家庭の経済的負担を考慮

筆者が現在アメリカの自閉症の親を対象として行っている調査研究の中では、応用行動分析療法を行う際、健康保険の適用を受けることができず、自費でまかなっているという話をよく聞きます。その場合、たとえば1週間に10万円などの莫大な費用を払うこともあるそうです。しかし、スペクトラム・オブ・ホープは健康保険の種類によっては、適用を受けることが可能だそうです。まず保護者が申し込み用紙に記入した保険の情報をもとに、センターが保険会社に連絡し、クライエントが保険の適用を受けることができるかどうかを確認するそうです。また地元の非営利の団体の奨学金を受けている家庭もあるということでした。

5. 集中的な食事行動療法プログラム

これはスペクトラム・オブ・ホープにおける新しいプログラムだそうで、子どもの食事の嗜好のかたよりを軽減することを目的としています。まず医者の同意を受けることが前提で、子どもの健康に害がないことが第一に配慮されています。特に自閉症の子どもの場合には、特定の食事への偏りや、食感が敏感なために、家族と同じメニューで食事ができないことがあります。自閉症の子どもが、バランスの取れた食生活を送ることができるように考慮された行動修正プログラムです。

おわりに

応用行動分析療法を中心としたプログラムを提供するセンターは数多くありますが、このように個別化され、かつ家族のニーズを最大限に考慮したプログラムは注目に値するというのが感想です。現在、ヒューストン大学クリアレーク校の実習の場としても活用されているそうで、実習生だけでなく、スタッフも頻繁にトレーニングを受ける機会が多いと聞きました。リーダーシップをとっている管理職たちは年齢的にまだ若い女性たちが多く、これから彼女たちの成長とともにプログラムがどのように発展していくのか、大いに期待したいと思います。



【参考文献】

Spectrum of Hope (2012). Comprehensive Treatment Programs. http://www.spectrumofhope.com/comprehensive-treatment-programs/

筆者プロフィール
report_porter_noriko_02.jpgポーター 倫子(Noriko Porter)

石川県金沢市出身。富山大学教育学部幼稚園教員養成課程、南イリノイ大学教育学部幼児教育修士課程、ミズーリ州立大学人間発達家族研究学科博士課程を卒業。日本では1987年より11年間北陸学院短期大学で保育者養成に携わり、その間富山大学教育学部非常勤講師も勤める。現在はワシントン州立大学の人間発達学科のインストラクター及びテキサス大学医学部の自閉症クリニックの客員研究員。保育の分野で幅広く研究を行ってきたが、最近では日米の子育て比較研究が主な専門領域。自閉症児を抱える子どもの親としての体験をもとにして執筆した論文「高機能自閉症児のこだわりを生かす保育実践-プロジェクト・アプローチを手がかりに-」で、2011年日本保育学会倉橋賞・研究奨励賞(論文部門)受賞。
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