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論文・レポート

7. 学習とミラーニューロンシステム

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)
片岡 宏隆 (ベネッセ教育開発研究センター)

2009年9月 4日掲載

要旨:

最近の脳科学的研究によって、ミラーニューロンシステムが教育において重要な役を果たすことが明らかになってきた。学習によって、知覚と運動を統合するのに重要な役を果たしている可能性が出てきたからである。これに関係して今回は、Mary Helen Immordino-Yang 博士の論文 “The Smoke Around Mirror Neurons : Goals as Sociocultural and Emotional Organizers of Perception and Action in Learning.” MBE, Vol.2, No.2, p67-71を取り上げる。博士は学習によって知覚と運動が単純に統合されるのではなく、社会文化的並びに情動的な影響も受けながら統合されていくと考えている。
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最近の脳科学的研究によって、ミラーニューロンシステムが教育において重要な役を果たすことが明らかになった。学習によって、知覚と運動を統合するのに重要な役を果たしている可能性が出てきたからである。


これに関係して今回は、MBE誌に多く論文を発表してきた南カリフォルニア大学教育学部のMary Helen Immordino-Yang 博士の論文 "The Smoke Around Mirror Neurons : Goals as Sociocultural and Emotional Organizers of Perception and Action in Learning." MBE, Vol.2, No.2, p67-71を取り上げることにした。

「ミラーニューロンシステム」 "mirror neuron system" は、猿の脳研究において1996年イタリアの研究者によって発見された。猿自身が餌をつかみ取ろうとする時に活動するニューロンが、実験者が餌をつかみ取っているのを見ている時でも活動することから、「鏡に映っている」ようだと考えて「ミラーニューロン」と呼んだのである。猿では、下前頭葉と下頭頂葉の皮質にあると報告されている。この研究に端を発して、ヒトは勿論のこと、鳥類でもミラーニューロンシステムは存在することが明らかになった。

そもそもは視覚情報に反応するものとして発見されたが、聴覚情報に対しても反応することもわかった。猿に紙を破らせる遊びをさせた後に、紙の破れる音を聞かせると、ミラーニューロンシステムの活性が高まることが示されたのである。猿は、前に知覚した音の意味を理解し、それに続く行動をとるので、ミラーニューロンは知覚と行動の統合に関わっているのであろう。これに反して、紙を破らせた経験のない猿は、紙を破る音を聞かせてもその活性は上がらず、それに続く行動も見られない。視覚ばかりでなく聴覚でもということになると、ミラーニューロンシステムと教育は強い関係があることは明らかであろう。

最近の研究で、ミラーニューロンシステムがどんな機能を果たしているかが次第に明らかになってきている。重要なのは「目標と意図を理解する」ことである。しかも、その活動を決めるのは、行動のタイプであるという。例えば、ものを口に入れる行動と箱に入れる行動とを区別して反応することが実験的に示されている。

また、共感とも関係すると言われている。ある特定の脳領域(特に島皮質前部と下前頭葉皮質)は、自分自身の情動(快・不快・痛みなど)に反応し、他者の情動を観察している時にも活性が高まるからである。これと関連して、「心の理論」の成立にも、ミラーニューロンシステムが大きな役を果たすと考えられる。その場合、シミュレーション(模倣)が大きな役を果たすようである。

ミラーニューロンシステムは、この模倣を介して言語発達に関係する可能性もある。ヒトでは、ブローカ野(運動性言語野)に近い下前頭野に、言葉に反応するミラーニューロンシステムが存在すると報告されているからである。

模倣によって新しい技術を獲得するのにミラーニューロンシステムは重要であると考えられるが、その発達はどうなっているのだろうか。新生児についての研究はないが、生後12カ月頃までには発達し、乳幼児が他者の行動を理解するのに寄与すると考えられている。従って、よく知られている新生児の舌出しのような模倣行動は、特別なのかもしれない。

こう考えてくると、生物的存在として生まれた子ども(「ヒト」)が、育児・保育・教育によって社会的存在として大人(「人」)になっていくプロセスで最も重要な役を果たしているのは、ミラーニューロンシステムと言えよう。子どもが生まれて育っていく姿を見れば、学習は、親、世話する大人、さらには保育士・教師のような専門家が提供する情報を受け身で獲得しているだけではないことはよく理解出来る。むしろ、子どもが環境に働きかけ、その反応を受けとめる知覚(perception)と運動(action)、更に行動(behavior)の相互作用も、学習に関係して大きな役割を果たしている。その相互作用の場として子どもの生活環境があり、そこで社会・文化としての情報の在り方の果たす意義は大きいと考えられる。

そういった関係を如実に示したのは、Immordino-Yang博士が2007年に報告したニコ(右半脳切除)とブルックス(左半脳切除)の事例であろう。手術を行った年齢も考慮しなければならないが、われわれの想像を超えた高いレベルで脳の機能を取り戻している。これが、適切な生活環境や高い学習意欲によるものであることは明らかである。この事例によっても彼女は、学習によって知覚と運動が単純に統合されるのではなく、社会文化的並びに情動的な影響も受けながら統合されていくのではないかと考えているのである。本文タイトルの"スモーク"というのは、ミラーニューロンシステムが、他人の行動を鏡のように完全に写すのではなく、周囲の状況や気分によって影響される"曇った鏡"だということを述べているのである。

生活環境の中で、知覚と運動(行動)を相互作用させることにより学習が成り立つという考えは、ピアジェ以降の実践的な教育学における伝統的なものである。個人的な(小林)考え方を述べさせていただくならば、知覚と運動によって、遺伝的に決まった基本的な心のプログラムが、作動しながら組み合わされ統合されて、より高度な心のプログラムが連合野に出来上がると言えよう。そんなプロセスの中で、ミラーニューロンシステムを介する他者の状況把握は、大脳辺縁系を介する自らの情動とか記憶や、生活環境の文化的な情報にも影響され組織化されると言える。

この立場からこれからの教育を考えると、教育現場で子ども達が教育目標を正しく捉えることが出来るように、子ども達の能力や好みをベースにした問題をそれぞれに与えて、意欲を高める方法を考えなければならない。「学習のためのユニバーサルデザイン」や、「Singerの数学教授モデル」等の教育ツールがあるが、子どもひとりひとりにそれぞれ異なったやり方で教育し、同じ目標に到達出来るような方法になっているので、この考えに合うものであろう。
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