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【7月】免疫からアレルギーへ ― 何故子ども達のアレルギー疾患は増えたのか―

要旨:

最近アレルギーを持った子どもたちが増えている。今回はアレルギーという考えを解説し、なぜそれが増えたかについて述べた。免疫とアレルギーの関係性について詳しく説明している。また、ワクチンの開発の歴史についてもどこで始まり、どのように広まったのか、その事実を述べている。子どもが育っていくためには、心と体を鍛えなければならないように、体をバイ菌から守る生体防御システムの免疫系も鍛えなければならないと示唆している。

「アレルギー」という言葉がよく目につくようになった。そして、アレルギーが原因という子どもの喘息も増加しているという。「アレルギー」のような医学の言葉には、色々と歴史や背景があって、一般の人々にはなかなか理解しにくいものである。今回は、アレルギーという考えを解説し、なぜそれが増えたかについて述べることにする。

 

子どもの病気を考える場合、全ての出発点は「疫(悪性の伝染病)を免れる」という意味の「免疫」である。なぜならば、子どもの病気は、わが国でも少なくとも数十年前までは、ほとんどがバイ菌(細菌などの病原微生物やウイルス)によって起こる感染症だったからである。もちろん、生まれながらの奇形とか色々な病気もあるが、不幸にしてそのような病気をもった子どもは、感染症を起こしやすく、その昔は、生まれてからの生活の中で肺炎や下痢になって、大きくなる前に命を失うことがほとんどだったのである。

健康な子どもでも、色々な感染症にかかることはよく知られている。小さい子どもの「風邪」はもちろんのこと、「はしか」、「風疹」、「水ぼうそう」、「おたふく風邪」、「百日咳」などはその代表であろう。この世に生まれ出た子どもは、バイ菌の海の中で生活しているようなものだからである。

そんなバイ菌の海の中で生活していても、多くの子ども達が何とか生き延びてくることが出来たのは、「免疫」という体を守る防御システムの働きがあるからと言える。それも、生まれたばかりの頃は弱いが、母親から胎盤を介して貰った免疫力で守られながら、感染を繰り返したりする中で強められていくものなのである。

もちろん、科学・技術の進歩、特に医学の進歩は、抗生物質の発見のような感染症の治療技術ばかりでなく、上下水道の整備など、バイ菌の海の中でも病気にならないような生活を可能にする公衆衛生の技術も進歩させてきた。したがって、感染症を起こす機会も激減したが、かえって色々な病気が目につくようになったとも言える。

人類は、免疫という体を守る防御システムの働きがあるからこそ、長い歴史の中で生き延びてこられたということを、体験の中で学んできた。その体験の中で一番強かったのは、「一度かかった病気は、二度とかからない」ということである。皆さんご存じの「はしか」もその代表である。この「二度かかりなし」を科学的に明らかし、病気の原因は何かを探ってくる中で、細菌学、そしてウイルス学が体系づけられ、様々な病気の原因となる細菌とか微生物、ウイルスが発見された。それと並行して、体を守る「免疫」という考えが整理され、免疫学が体系づけられたのである。19世紀後半から20世紀にかけてのことである。

最初に「二度かかりなし」を何とか利用して感染症に負けないようにしようとしたのは、中国人であった。その昔、感染症で最も恐れられたのは天然痘であったが、「二度かかりなし」という現象も極めてはっきりしていた。そこで中国人は、天然痘にかかった人の膿をとって、元気な人に接種して予防することを始めた。「人痘接種」である。その技術が、シルクロードを通ってトルコのイスタンブールのイギリス大使夫人にまで伝わり、そして本国に伝えられたというのである。

この話を聞いたイギリスのジェンナーは、牛痘(牛の天然痘)にかかると天然痘にかからないとの言い伝えもあったため、1796年、牛痘を人間に接種することを試みた。「牛痘接種」(種痘法)である。その結果、人痘接種より牛痘接種の方がはるかに安全であることがわかり、ヨーロッパで牛痘接種が普及し、江戸時代末期には日本にも伝わってきた。現在、天然痘は撲滅され、種痘法は行われなくなったが、これがワクチンによる予防法開発の出発点だったのである。

この「二度かかりなし」を利用した、牛痘接種などワクチンによる予防法の発見で、人類は感染症を征服出来るとさえ考えた。しかし、その後19世紀後半の病原微生物の発見や免疫学の進歩により、事はそれ程単純ではないと思い知らされるのである。

病原微生物が発見されて病気の原因がわかると、「二度かかりなし」の免疫された状態の動物や人間の血液の中には、病原微生物を殺したり、固まらせたり、お互いにひっつき合わせ凝集させたりする蛋白成分が出来ていることがわかった。それを、「抗体」とか「免疫血清」と呼び、反応のパターンによって「殺菌素」、「凝集素」と呼ぶようになった。「血清」とは、血液の細胞成分を除いた液体のことである。一度かかることによって、体のシステムはそういう成分をつくり出し、バイ菌と反応することによって体を守っているのである。

19世紀後半になって、「二度かかりなし」の免疫された状態になっている動物に、免疫をおこさせたもの(「抗原」と呼ぶ)を与えると、呼吸困難になったり、ショックを起こしたりする場合があることがわかった。守ってくれる「免疫」が出来た状態が、逆にこういった問題を起こすこともあるのである。これを「アレルギー」と呼んだ。アレルギーとは「変わった状態」というような意味で、「体を守る免疫反応によって、局所または全身の組織の障害を起こすこと」とも言える。

話がだんだん難しくなったが、免疫やアレルギーの反応に関係するのは、体の中にあるリンパ組織と骨髄組織にあるリンパ球などの細胞が中心なのである。免疫に関係するので、これらを「免疫細胞」と呼ぶことが出来る。また、これらの免疫細胞ばかりでなく、先に述べた細胞が分泌した抗体(蛋白体)や物質(サイトカイン)なども、免疫やアレルギーの反応に関係することが明らかになっている。

発展途上国は別としても、わが国を含めて先進国では、20世紀後半から、子どもが感染症で亡くなるということは非常に少なくなった。むしろ、事故とか小児がんで亡くなっているのである。また同時に、アレルギーによる病気で悩む子ども達が多くなった。それは何故であろうか。

体を守る「免疫」も、病気を起こす「アレルギー」も、同じ「免疫細胞」を使って反応しているので、お互いにバランスをとっていると考えればよいと思う。先輩の喘息の専門家はよく、「子ども達に、細菌ばかりでなく回虫などの寄生虫による感染症が減少するようになってから、喘息が増加するようになった」と言っておられた。豊かな社会になり、医学が進歩して、感染症に子ども達がかかったり死亡したりすることがなくなってくると共に、アレルギーによる病気にかかる子どもが増加してきたということになる。

最近では、アレルギーの増加を次のように説明している。私達の体の免疫細胞の中には二つのタイプのリンパ球があって、ひとつは感染免疫に関係し(Th1)、もうひとつはアレルギー反応に関係する(Th2)と考えられるようになった。感染免疫に関係するTh1が弱くなると、アレルギーに関係するTh2が強くなる。すなわち、二つのバランスが乱れて、アレルギー反応を起こしやすくなるというのである。また、煙草の煙や環境ホルモン(ダイオキシン等)なども、Th2の力を増大させる可能性があることも明らかになっている。先進社会では留意すべき点である。

このTh1とTh2のバランスでアレルギー疾患の増加を説明しようとする考え方を、「衛生仮説」と呼んでいる。イギリスの学者が20年近く前に言い出したもので、わかりやすく言えば「豊かな社会になると、子どもは衛生状態の良い環境の中で清潔に育てられ、感染する機会が減り、感染免疫の力が弱まり、アレルギーの力が強くなる」ということになる。

子どもが育っていくためには、心と体を鍛えなければならないように、体をバイ菌から守る生体防御システムの免疫系も鍛えなければならないと言える。子どもにとって、少々の泥んこ遊びは必要なものなのかもしれない。

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