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基調講演①:未来に生きる子どもたちのために~社会情動的スキルの重要性~(CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議講演録)

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※肩書は当時のものです

未来に生きる子どもたちに必要な資質・能力とは

私は、高校や大学の教育改革、さらに高大接続の改革に携わる中で、一連の教育改革が抱える課題の根本は、今回の国際会議のテーマである社会情動的スキルの育成と密接にかかわっていると感じています。それについて、私の専門である認知科学の研究知見などを交えながら考えてみたいと思います。

周知のように、現在の社会は、グローバル化の進展を背景にかつてないほど急速に変化していますから、生きていくために身につけるべき資質・能力も、以前とは大きく変わっていくに違いありません。未来に生きる子どもたちには、次の5つの資質・能力がいっそう必要になると私は考えています。

1つ目は、「主体的に生きる」力(autonomy)です。要因が複雑に絡み合った課題に対して自信をもって判断したり、答えのない問題を解決したりできるよう、自分で目標を設定し、その達成に向けて学び続けなければなりません。

2つ目・3つ目は、「多様な人々と生きる」力(diversity)と「協力して生きる」力(cooperation)であり、文化的な背景の異なる人々とともに仕事をしたり、学んだりしたりするためには不可欠なものです。ここには、人の心を感じる想像力や自分の心を表現する力、臨機応変に判断する力、いくつかのことを並行して考える力、チームワークの力が含まれます。想像力と表現する力は、コミュニケーションの基礎として、判断する力は、以前は存在しなかった新しい課題に対応していく原動力として位置づけられます。また、課題が複雑化していけば、様々なことに同時に対応する必要が生じるため、並行して考える力が重要になり、チームワークの力も欠かせないでしょう。

4つ目は、「感謝して生きる」力(thanks to)です。toの後に入る言葉は、一般的には「他者(other people)」ですが、日本の子どもたちの場合は、「自分自身(himself or herself)」も必要でしょう。

5つ目は、「誇りにして生きる」力(being proud of)であり、ofの後には、「両親(my parents)」「先生(my teachers)」「他者(other people)」「自分自身(oneself)」といった言葉が入ります。

これら5つの資質・能力は、いずれも社会情動的スキルと密接に結びついており、子どもが成長する中でしっかり身につけ、伸ばしていくことができるものですが、大人の支援も非常に重要です。そこで、大人には何が求められるのかを、次に検討してみたいと思います。

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子どもが楽しく、主体的に学べる環境の整備を

認知科学の研究によれば、社会情動的スキルは、「気持ちの通い合う人のつながり」「いつも変わらずに応援してくれる人たちの存在」「安心して戻れる場所」「一生振り返ることのできる温かい記憶」といった要因によって、高まっていきます。これらを子どもに保障することは、今後の日本の教育における最重要課題だと言えるでしょう。

ちなみに、私には、幼稚園時代の様々な楽しい出来事の記憶が鮮明に残っており、今でもふとした時に自然と頭に浮かんできます。それには、当時の幼稚園の先生は現在も同じ園で元気にお仕事をしておられ、私が時々先生にお目にかかっているという事情も影響しているでしょうが、もっと本質的な要因があります。私は、「あの幼稚園に通っていたころが自分の原点だった」と思っているのですが、そうした「温かい記憶(warm memory)」だからこそ、長く思い出に残り、折に触れて呼び起こされるのだと考えられます。

人間は誰もが、自分で新たな目標を作り出し、その解決を図る能力を持っています。成長の途上にある子どもには、そうした能力を発揮しやすくなるよう、大人が支えなければなりません。認知的スキルの育成に偏っていた従来の日本の教育では、知識・技能の効率的・体系的な定着を図る一斉指導が中心に据えられていましたが、社会情動的スキルの育成がより重要となる今後は、子どもが楽しく、主体的に学べるような場の設定も欠かせないものとなります。

そうした取り組みは、小・中学校を中心とする先進的な学校によって進められています。例えば、東京都日野市立のある小学校では、「教えられる学びから主体的・創造的な学びへ」というスローガンの下、個別学習や協働学習を積極的に導入し、子どもが自分で考える機会を増やしています。

一方、高校以降の段階では、いわゆる詰め込み型の教育からの脱却が思うように進んでいないという課題がありました。その要因の1つは、大学入試が従来のままだったからです。そこで、文部科学省では、新しい時代に対応するため、「主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」を重視した、高校教育・大学教育・大学入試の一体的な改革に着手しました。そうした中で、幼稚園教育要領や小・中・高の学習指導要領も改訂されます。知識・技能の着実な定着に加え、「主体的・対話的で深い学び」を多く取り入れながら、「思考力・判断力・表現力」などの育成を目指すことになります。

社会情動的スキルと認知的スキルをバランスよく育成するために

社会情動的スキルの発達と認知的スキルの発達には、密接な相関があります。それを、ベネッセ教育総合研究所の2つの調査・研究データから見ていきましょう。なお、データ内に出てくる「学びに向かう力」とは、「好奇心」「協調性」「自己統制」「自己主張」「がんばる力」を指します。社会情動的スキルに含まれる概念だと言ってよいでしょう。

1つは、幼稚園や保育園、認定こども園などに通う年長児をもつ保護者約2,000人を対象として行った「園での経験と幼児の成長に関する調査」です。園で「遊び込む経験」を多くするほうが、子どもの「学びに向かう力」が高いことが分かります(図1)。

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図1

もう1つは、幼児期から小学生における家庭教育と子どもの育ちとの関連をとらえることを目的に、2012〜2016年までの5年間で行った「幼児期から小学生の家庭教育調査・縦断調査」です。この調査では、小学校入学以降の学習や生活につながる幼児期の学びとして、3つの軸「文字・数・思考」「学びに向かう力」「生活習慣」を設定し、「文字・数・思考」は「文字」「数」「言葉」「分類する力」によって構成されるものとしました。小1期における「勉強をしていて、わからないとき、自分で考え、解決しようとする」比率の高さは、年長児期の「言葉」「がんばる力」「生活習慣」の定着の高さと相関を示しています(図2)。

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クリックして拡大
図2

これらを見ると、認知的スキルの発達の基盤として、社会情動的スキルがいかに重要であるかがお分かりいただけると思います。ただ、社会情動的スキルが発達し終わってから、認知的スキルが発達するわけではなく、両者は並行的に、影響し合いながら伸びていきます。それは、認知科学や発達科学、脳科学などの実証的研究によって裏づけられています。例えば、赤ちゃんは、親を始めとする身近な大人とのかかわり、相互作用を通して、共感やコミュニケーション、知覚・運動・感情・記憶といった様々な機能を発達させていき、そうした中で言語を習得していきます。そして、言語の習得によって、情動の発達はさらに促進されます。だからこそ、社会情動的スキルと認知的スキルの両方がバランスよく発達するよう、家庭や園が力を合わせて子どもを支える必要があるのです。

今後の社会では、多様な文化的背景をもつ人々との協働が求められるようになるでしょう。そうした未来に生きる子どもたちには、社会情動的スキルが今まで以上に大きな価値をもちます。幼児期からの意識的な支援が重要です。あるいは、「社会人になってからの問題と保育・幼児教育の問題はあまり関係がないのではないか」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、子どもの成長には途切れがなく、その間の教育にも連続性があります。幼児教育、初等・中等教育、大学教育と個別に検討するだけでなく、それらを俯瞰した全体の中に、社会情動的スキルの育成という課題を位置づけていく必要があると考えています。

※この記事は、CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール
Yuichiro_Anzai.jpg 安西 祐一郎

独立行政法人日本学術振興会理事長。
1974年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。カーネギーメロン大学心理学科客員助教授、北海道大学文学部助教授等を経て 1988年慶應義塾大学理工学部教授。2001-09年慶應義塾長。2011年より現職。文部科学省高大接続改革チームリーダー、内閣府人工知能技術戦略会議議長。中央教育審議会会長、同大学分科会長、環太平洋大学協会会長等歴任。認知科学・情報科学専攻、Learning by Doing および Human-Robot Interaction の先駆的研究で知られる。『心と脳』(岩波書店)、『講座コミュニケーションの認知科学』(全5巻、岩波書店)、など著共編多数。文化功労者、紫綬褒章、フランス共和国教育功労章コマンドゥール、Ecole Centrale de Nantes名誉博士、延世大学名誉博士(教育学)他多数受章。
※肩書は当時のものです

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