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第3回-⑥「『おもちゃの使い合い』 討論」 (3)

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【読者参加型共同研究「日本、中国と韓国、何がどう違う?」】
第3回-⑥「『おもちゃの使い合い』 討論」 (3)

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3.距離の取り方の違い―山本登志哉

姜さんが日本のみなさんの感想に「驚愕」までされたことに、今度は私の方が驚きました(笑)。姜さんほど日本の感覚を理解されていると思える方でも、やはり驚きは尽きないのですね。私は他のみなさんと「お小遣い」の文化比較研究をやりましたが(まもなく「子どもとお金―「おこづかい」の文化発達心理学」という本が東大出版会から出される予定です)、そこに参加された韓国出身の呉宣児さん(共愛学園前橋国際大学)が、もう日本で十数年暮らし、子育てもずっとされてきて地域にも溶け込んでいたにもかかわらず、お小遣いに関する日本の子どもや親の考え方や感じ方が自分の感覚とあまりにかけ離れているのに、心からびっくりされていました。異なる文化間における生き方のズレというのは、それほどまでに深いものなのですね。

さて、私は姜さんが「私たちはたやすく傲慢で偏見に満ちた(解釈の)世界に入り込んでしまいます」と警告を発しているにもかかわらず、あえてその解釈の努力に少し踏み込んでみたいと思います。

人は一人では生きられません。お互いに協力し合って生きていかなければなりません。でも人は一人ひとり感じ方も考え方も違いますから、そこで容易に衝突も起こります。衝突を防ぎながらどうやって協力し合えるか、衝突が起こったらどうやって解決するか、困った時にどうやってお互いに助け合い、またお互いの絆をどうやって深めることができるか、ということは、人が生きる上で切実な問題です。

そして人は霞を食って生きるわけではありません。生きていくには「物」が必要です。ですからその「物」を他の人とどう分かち合うか、ということは、その人が他の人とどうやって一緒に協力関係を作って生きていくか、という問題そのものでもあります。

その協力関係の作り方、衝突の防ぎ方、解決の仕方、分かち合いや共有の仕方にはいろいろなやり方があり、その違いが日中間でしばしばとても興味深い形で現れるのだと私は思います。

調査結果を見ても感じるのは、日本の回答者の多くの方は、かなりはっきりと「私の物とあなたの物」を区別しようとします。その境界を侵さないことが「相手を尊重する」ことであり、「私が尊重される」ことになります。それが尊重されて初めて「信頼できる人間関係」が生まれる。ところが中国の回答者の多くは「親しい関係になるためにはあまり区別をしてはならない」という姿勢が強いと思われるのです。「信頼できる関係」だからこそ、「私の物はあなたの物、あなたの物は私の物」に近い世界が生み出されることになります。(日本で中国的やりとりを紹介すると、「ジャイアンのようだ」と感じられる方がしばしばありますが、ジャイアンの場合は「私の物は私の物、あなたの物も私の物」で、そこが中国の場合とは全く違います)

CさんがAさんに抵抗感を感じたのは、そういう「共有世界」を否定するような面を感じたからでしょう。Aさんは「お互いの所有を尊重し、その線は崩さずに、なおかつ共有関係も作ろうとした」と思われますが、それはCさんの感覚には合わなかったわけですね。そして日本の多くの回答者は、そのAさんの感覚をもはるかに超えて「個々人の所有を尊重する」ことを絶対視し、こういう形での「共有関係」は敬遠する感覚をもっているために、Cさんのことは理解不能になっています。

つまり、ちょっと単純化するとこんな図式があるように見えます。

強い共有世界 ← → 強い個人的世界
 Cさん  Aさん  日本の回答者 

少し先走っていえば、この日本の回答者の「個人的世界」へのこだわりは、欧米的な自己主張の世界での「近代的個人主義」とは全然違う、とても日本的なお互いの「遠慮の世界」だろうと私は感じています。最近はやりの言葉では「思いやり」や「おもてなし」の世界の感覚ですね。だからお互いに距離をとり合って、相手の領域にあまり踏み込まないのです。「親しき仲にも礼儀あり」の世界です。

さて、この所有をめぐる感覚の違いですが、それはどの程度根深いものなのでしょうか。次回は山本の過去の研究で、関連する興味深いデータがありますので、ご紹介してみたいと思います。その後、この問題に関連して、人が困難な事態に直面した時に、どんなふうに助け合おうとするか、どんなふうに相手に配慮しようとするか、ということについて、ちょっとした調査を行ってみましたので、それについて考えてみたいと思います。

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筆者プロフィール

Yamamoto_Toshiya.jpg

山本 登志哉(日本:心理学)

教育学博士。子どもとお金研究会代表。日本質的心理学会元理事・編集委員。法と心理学会元常任理事・編集委員長。1959年青森県生まれ。呉服屋の丁稚を経て京都大学文学部・同大学院で心理学専攻。奈良女子大学在職時に文部省長期在外研究員として北京師範大学に滞在。コミュニケーションのズレに関心。近著に「ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち」(高木光太郎と共編:東大出版会)

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姜英敏 Jiang Yingmin(中国:教育学)

教育学博士。北京師範大学国際比較教育研究所副研究員、副教授。1988年~1992年に北京師範大学教育学部を卒業。1992~1994年、遼寧省朝鮮族師範学校の教師を経て、北京師範大学国際と比較教育研究所で修士号、博士号を取得し、当所の講師として務め、現在は副教授として研究・教育に携わっている。在学期間中、1997年~1999年日本鳴門教育大学に留学。また2003年~2005年はポスドクとして、日本の筑波大学に留学し、研究活動を行い、さらに中央大学や早稲田大学、青山学院大学の教員と積極的に日中の学生間の交流授業を進めてきた。日本と韓国、中国を行き来して、実際の授業を観察した道徳教育の国際共同比較研究。

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