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【脳と教育】第5回 就学レディネスへの道のり:実行機能は、学習面や社会情動的スキルなどの就学レディネスに影響する

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2017年6月16日掲載
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今回は、Mind, Brain, and Education誌11号1巻に掲載されている論文"Pathways to School Readiness: Executive Functioning Predicts Academic and Social-Emotional Aspects of School Readiness"(Mann TD, et al. 11(1):21-31, 2016)を紹介する。

Mischelによるマシュマロテストが有名になり、教育関係者の中で社会情動的スキルへの関心が高まっている。特に、幼児期においては、就学レディネス(school readiness)と社会情動的スキルの関連について熱い視線が注がれている。

就学レディネスとは、かつては主に基礎的な識字、書字と数の概念の理解などの、いわゆる学習レディネス(academic readiness)を指すと考えられていたが、冒頭のMischelのマシュマロテスト [遅延報酬課題] の追跡研究によって、報酬遅延能力は、その後の子どもの学業成績にも関連していることが明らかになった。

さて、学習レディネスを支える基礎的な脳機能として、ワーキングメモリー [作業記憶] や注意(attention)などのいわゆる実行機能が知られている。報酬遅延能力も、同じく脳の実行機能ではあるが、複数の研究者によって脳の実行機能を認知的な"冷たい(cool)"実行機能と、情動的な"熱い(hot)"実行機能に分類するという考えが提案されている。"冷たい"実行機能には、ワーキングメモリー、注意持続(sustained attention)、注意の移行(attention shift)、抑制コントロール(inhibitory control)などがあり、"熱い"実行機能には、前述の報酬遅延能力が分類されるという。そして、学習レディネスには、もっぱら"冷たい"実行機能が、また社会情動的スキルには、"熱い"実行機能が関連していると言われている。この実行機能の二分法には、脳科学的根拠もあり、"冷たい"実行機能は、外側および前腹側前頭前野と前帯状皮質にその機能を司る脳部位があるのに対し、"熱い"実行機能の担当部位は、腹内側および前頭眼窩前頭前野と後帯状皮質にあることが分かっている。

Mischelの研究によって、就学レディネスには学習レディネスだけでなく、社会情動的スキルも関与していることが示唆されたが、就学レディネスと、"冷たい"実行機能と"熱い"実行機能がどのように関わるのかという先行研究の結果は様々であり、多くの研究は"冷たい"実行機能が学習レディネスを経由して、就学レディネスに関連しているという結果に傾いていた。

本論文は、きちんと統制された実験計画によって、子どもの"冷たい"実行機能と"熱い"実行機能が、学習レディネスと社会情動レディネス(スキル)にどのように関連するのか前方視的に検証したものである。

対象は、アメリカ中西部に在住する3歳から6歳(平均4歳)の子ども93人である。著者らは、子どもの年齢と実行機能を独立変数とし、学習レディネスと社会情動レディネスを結果変数としたモデルを想定した(図1)。実行機能としては、"冷たい"実行機能として、ワーキングメモリー、抑制コントロール、注意持続(能力)を、また"熱い"実行機能として、報酬遅延(能力)を選択した。これらの実行機能については、すでに確立された評価尺度があり、ワーキングメモリーは、数字の順唱課題(forward digit span)、抑制コントロールはストループ課題(Day/Night Stroop test)、注意持続は図形合わせ課題(Picture deletion test)で測定した。報酬遅延は、Mischelらの遅延報酬課題で測定した。結果変数の測定は、学習レディネスについては文字や単語認識を測定するWJ-Ⅲの下位尺度を、社会情動レディネスは様々な状況の絵を見せながら感情の説明をさせたり、「あなたならどうする」と子どもの対応を聞くMulstay-Muratoreによって開発されたテストを使用した。最後に、言語理解能力についてもピーボディー絵画語彙テストを使用し測定した。

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図1


まず著者らは、前述の図1のパス図に示された仮説モデルを作成した。年齢によって能力も発達してゆくので、年齢が4つの実行機能(ワーキングメモリー、抑制コントロール、注意持続、報酬遅延)を規定し、4つの実行機能がさらに、学習レディネスと社会情動レディネスを規定するというモデルである。対象児に前述の様々な心理テストを行い、そこから得られた実測データを入れて、パス図を実際に作成すると、仮説モデルとは大きく異なるパス図が得られた。図2にその結果を示す。図中の矢印の上に記載された数字は標準化係数、R2は決定係数である。アステリスク(*)がついているパスは、→で結ばれた項目間に有意の関連があることを示し、R2(決定係数)の値は、有意の関連項目によって当該項目の評点がどの程度説明(決定)されるのかを示したものである。例えばこのモデルでは、右端の学習レディネスの51%が、ワーキングメモリー、社会情動レディネス、抑制コントロールの3つの項目によって決定されることを示している。

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図2


さて得られた結果を説明すると以下のようになる。
まず、ワーキングメモリーは、記憶や計算などの認知的な機能の中心に位置する能力であり、"冷たい"実行機能の代表であるが、予想通り学習レディネスと有意に関連している事が分かった。図2をみると、このワーキングメモリーは、"熱い"実行機能である報酬遅延能力とも有意の関連を示していた。このことは、ワーキングメモリーの時間の経過を認知する機能があるが、一定時間マシュマロを食べずに我慢するためには「あとどの位我慢するか」という時間経過の認知が必要であることを考慮すれば、理解できる。同じく"冷たい"実行機能である抑制コントロールも予想通り学習レディネスと有意に関連していた。

本研究の最も興味深い結果は、学習レディネスと、社会情動レディネスが有意に関連しているという事実である。図2から明らかなように、報酬遅延能力から、社会情動レディネスを介して、学習レディネスにつながるパスが証明されたのである。

一方、学習レディネスに結びつきそうな集中力と関連のある図形合わせテスト(注意持続)のスコアは、学習レディネスとは有意の関連がなかった。

本研究は、4種類の限られた種類の実行機能と学習レディネスとの関連を検証したものであり、図2の学習レディネスの囲みの下に矢印で示したように、他の有力な関連因子の存在までについては明らかではない。しかし"熱い"実行機能である報酬遅延能力、抑制コントロール、そして社会情動レディネスが、学習レディネスに大きく(R2=.51)関連していることを明らかに示しており、カリキュラムや教授法といった教室現場だけでなく、家庭や地域での成育環境などが"熱い"実行機能を介して、学習レディネスに影響を及ぼしていることを実証したという意味で教育全般に重要な示唆を与えるものである。

社会情動的スキル(学びに向かう力)の重要性をきちんとした実験計画に従った調査で示した貴重な論文といって良いだろう。

筆者プロフィール

report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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