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研究室

台湾大地震からの復興~震災による校舎全壊から、新校舎建設への道筋と12年後の思い~(前編)

舘林 保江(国立教育政策研究所・研究協力者)

2011年12月 2日掲載

要旨:

1999年に台湾で発生した9.21地震の後は、新校舎の建設は「新校園運動」の方針のもと、学習者の視点が重視され、学びは教室だけなく運動場でも行われるととらえ、機能性と伝統的文化に基づくデザインが採用された。聞き取り調査では、人々は知恵を出し工夫し、力を合わせて一つひとつの課題を乗り越えたこと。自分の使命を自覚し、家族や隣人と力を合わせて校舎の再建や地域の復興に尽力したこと。そして、人々の心には自信と力強さそして悲しみが共存していること。現在の生活に幸せを感じながら、あの惨事を過去のこととして振り返ることができる時期がくることなども分かった。
台湾の人々が東日本大震災に多額の義援金を寄せてくれたのは、辛い経験への共感とこれまでの歴史を含め日本を信じ応援している証である。
はじめに

1999年9月21日午前1時47分に発生したマグニチュード7.3の台湾中部大地震から、今年で12年を迎えた(以下、「9.21地震」)。もっとも被害が大きかった農山村地域である南投県と台中県では、死者数2,229人、そして家屋の全壊・半壊は102,850戸に及んだ。地震発生が夜中だったこともあり、学校現場での児童生徒や教職員の負傷者が極めて少なかったのは不幸中の幸いであった。

本稿では、台湾地震から学ぶ事例研究として、9.21地震の際に、校舎が全壊した南投県の小学校*12校を訪問調査した詳細を報告する。前編では南光国小学、後編では育英国小学の様子を中心に紹介する。

今回前半では、校舎再建の際に学習者の視点を重視する「新校園運動(New Campus Movement)」の方針のもとで設計された、南光国小学の新校舎の特色などを紹介する。後半では、9.21地震の時に12歳だった児童がその当時を振り返り、現在その体験をどのように感じているのか、また、学校再建のために活動した教職員や、教育関係者の話を紹介する。


■ 調査期間と調査対象

調査を実施したのは、台湾中部の南投県に位置する南光国小学である。訪問日時と聞き取り調査の対象者は以下のとおりである。

訪問校 南光国小学
訪問日時 2011年7月25日
聞き取り対象者 游凱琳 (当時、6年生)
李端琳 (当時、6年生)
呉秀銀 (当時、学校事務の主任、既に退職)
邱国峰 (教務主任)
黄俊祥 (当時、PTA会長)

■ 南光国小学の復興過程

南光国小学では、邱国峰先生(教務主任)により復興過程へのプレゼンテーションをしていただいた。その資料を参考に復興過程の概要を報告する。

震災時の校舎の様子

1935年(昭和10年)に設立された南光国小学は、現在、幼稚園(6クラス145名)、小学校(各学年6~8学級、1,292名)、教職員93名を有する大規模校である。9.21地震では震源の深さが浅かったこともあり、激しい断層が生じた。校舎は地震の揺れの波を体現するように大きく波打ち全崩壊した。しかし、校庭の入り口付近に置かれた孔子の像は無事であったという。

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震災後の校舎


臨時仮設校舎の設立

9.21地震後、他の地域に親戚がいる児童の多くは、保護者の判断により一時的に転校した。校舎が全壊した南光国小学では、1999年11月から2002年2月までの新校舎が建設されるまでの間、臨時仮設校舎において授業が行われた。子どもたちが自分たちの未来の夢や希望をプレハブ校舎の壁に描き、少しでも快適さや明るい雰囲気を感じられる工夫を凝らした。教員たちは通常の環境とは異なる中で授業を行わなければならず、ご苦労も多かったようである。しかし、厳しい環境に置かれることで互いの知恵を出し合って生まれる工夫も多かったとのことである。

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新校園運動*2(New Campus Movement)

9.21地震後の校舎再建は「新校園運動(New Campus Movement)」と呼ばれる。この新校園運動は三つの特色を有する。一つ目は、政府の呼びかけに賛同した有能な建築家が中心になったこと、二つ目は、学校を含む公共施設を利用する使用者が再建過程に参加したこと、三つ目は、実際の建築工事を請け負う業者選定の入札の際には、企画書における値段ではなく、提案内容を踏まえ決定する「最有利標方式」を採用したことである。新故鄉文教基金会*3(以下、「基金会」)の救援活動により、この地区の中学校と小学校が連携し、協議会*4が結成され協議を重ねた。

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近隣の学校や地域住民との協議の様子


南光国小学の新校舎の6つの特徴

2002年2月に完成した新校舎は以下の6つの特徴を有する。

1.教室だけでなく、運動場も学ぶ場である
lab_06_38_7.jpg 新校舎建設においては、教室だけでなく、健康の保持増進や身体の発達、そして子どもたちの遊びの場として重要な役割を持つ運動場も学ぶ場としてとらえ、重視した。

2.地域に開放された学校とする
学校が地域住民の生涯学習の場として、開かれたものとなるよう、誰でも受け入れられる開放的なスペースを重視した。

3.手のひらを広げたような敷地に、放射状に建物を配置する
敷地が手のひらを広げたような形をしていることもあり、校舎は指を広げたように配列した。lab_06_38_8.jpg

4.広さのある特別教室を配置する
特別教室のデザインやスペースはそれまでの学校建築に見られた画一的なものではなく、ユニークな個性を感じるものとした。

5.ゆったりとした教室の間取りと広さを確保する
廊下や通路、そして各教室の広さを十分に確保し、子どもたちがのびのび学習できる環境を重視した。

6.伝統を重んじたデザインとする
校舎の屋根や窓の形などに伝統的な中国式のデザインを用いることで、自分たちの文化を大切にした。

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中国式デザインを取り入れた新校舎


新校舎建設に関する情報の一覧

新しい校舎建設までの期間や経費などの情報は以下の通りである。

工事期間 2001年3月22日竣工
2002年2月9日完成(合計270日間)
総経費と
財源担当部
2億5000万新台湾ドル
教育部*5が支出
新校舎の具体的設備 ・普通教室54 ・専門教室22 ・行政室4 ・幼稚園教室6
・パソコン室1 ・言語学習室1 ・社会科教室2 ・図書室1
・図工室1 ・視聴覚室1 ・保健体育室1 ・職員室1
・会議室1

南光国小学での聞き取り調査

南光国小学では、震災を体験した当時12歳だった2名の女児の話を伺った。その当時のことをまっすぐな眼差しで話してくれる様子から、現在の毎日の生活に安心感をもち、幸せを実感している様子が伝わった。

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現在の南光国小学

  • 「9.21地震では、家が崩壊しました。自分の人生の中で最も恐ろしい体験です。しかし、家族も友人も誰も怪我もなく助かったので、自分は幸運だと思います。
    震災での体験を克服できたと感じたのは、家や学校が再建されて日常生活に戻ることができたと感じた時です。震災から2年ほどかかりました。
    今も揺れを感じると恐怖で心がいっぱいになります。あの9.21地震以降、揺れを感じると直ぐに建物の一番高い階に避難する癖が身につきました。震災を体験していない友人は地震発生時に建物の外や一階に逃げ、『どうしてあなたは4階に逃げたのか』と尋ねてきました。」
9.21地震では脆弱な家屋や建物が崩壊し、その下敷きになり多くの方が死亡・負傷した。震災前は、地震が発生したら建物の外に出るよう言われていたが実際、建物の外に出る前に1階などで怪我や負傷する者が多かった。そのことからこの震災以降、ここでの発言にあるように、地震の際には最上階に避難するようになったという。

もう一人の女児からは以下のことが話された。震災時に自分の家族が地域のために尽力する姿を見て、相互支援の大切さを実感したとのことである。

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インタビュー時の様子

  • 「地震では家が全壊し、姉が怪我をしました。とても恐怖でした。住むところがなくなり、自分の人生行く先が見えず、真っ暗闇の絶望感に襲われました。
    地震の後、自分を含めて姉、弟は台北市の親戚を頼って1ヶ月ほど避難しました。学校では授業もできず、校庭には避難してきた人があふれ、両親が私たちをこの地域に置いておくと危険だと感じたためです。そして簡易住宅ができた後、戻ってきました。 家族は学校や地域復興のために一生懸命貢献しました。緊急時に支援が必要な人のために尽力することは、とても重要なことだと思います。」
次は、学校再建の際に中心的に活動されたメンバーで、既に2年前に退職された、当時学校事務の主任を務めた女性職員の話である。呉さんは、学校再建の際に国内外の学校を視察するチームにも参加し、東京にも視察に来ている。当時は辛く悲しいことが多かったが、12年経過した現在では、あの震災により地域に協働の精神が根付いたと感じているようである。

  • 「当時の教職員の役割は、子ども達の安全を確保することが一番の優先事項でした。学校は地域住民の避難所として利用されました。校舎は崩壊し、授業はできませんでした。多くの子ども達の家が崩壊していたので、教員は子どもたちの気持ちを汲み、一日も早く安心して学習できるよう、他市の学校の行き先を確保するのに奔走しました。
    震災後も身体に揺れを感じると、自分や子どもたちは今何階の建物にいるのか、どこに避難すれば良いのかと敏感に反応するようになりました。
    地震の被害は甚大で悲しいことや残念なことも多かったのですが、再建計画を策定・実施する過程で学校の教職員、児童生徒や保護者・地域の多くの人が自分たちの知恵を出し合いました。地震そのものは惨事でしたが、そのおかげで団結力や地域を作り上げていく協働の精神も生まれました。」
最後は、地域のPTA会長の話である。震災発生の前日にPTA会長に選出され、自分の役割や使命の大きさに奮い立ったと言う。復興への道のりは長く辛く、財源不足や政治の壁も厚く試練が多かったが、地域は必ず復興すると信じていたと言う。

  • 「地震発生の前日にPTA会長に選出されたばかりだったので、9.21地震が発生したと実感したときには、『大変なことになった』と危機感で一杯でした。こんな時にPTA会長になるとは、と自分の役割や使命を感じました。
    学校再建までには長い道のりと多くの人たちとの協議や議論がありました。今こうして無事に学校も地域も元に戻り、安心して暮らすことができているのは、あの悲惨な経験が影響し、役立っているからと断言できます。地域は必ず復興すると信じていました。そのために私たちは尽力し、力を合わせて財源不足や政治的な壁も含めて様々な障害を乗り越えました。」
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インタビューを終えて

聞き取り調査を実施した対象者も一緒にプレゼンテーションを参観し、当時の映像を見て感慨深くしている姿も見受けられた。同時に、復興への長い道のりを乗り越えた自信や現在の安心感も感じられた。

新校舎落成後に完成した『活力希望飛揚南光--南光小学落成記念誌--』をいただいたが、その中には、子どもが書いた震災当時の恐怖が作文につづられていた。花壇の花々を楽しそうに世話をする絵も掲載され、新しい校舎や学校生活への期待や夢なども見て取れる。「今日の行動が明日の歴史を作る」を執筆した教師は毎日の実践の重要性を強調し、教職員が一丸となり、子どもの安全と未来を守るために地域の復興に最善を尽くしたことをつづっていた。


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*1 台湾の義務教育制度は6歳から12歳までの国民小学と12歳から15歳の国民中学よりなる。ここでは固有名詞はそのままの名称を用い、その他は日本の文脈で理解しやすいよう国民小学は小学校、国民中学は中学校と明記する。
*2 新校園運動については、動画サイトのYou Tubeにおいてもその具体的な建築を見ることができる。http://www.youtube.com/watch?v=-LBD9HpfKvM
*3 新故郷基金会は1999年2月に設立された、国内外のまちづくりの経験・知識を紹介することを目的とするまちづくりに関する専門知識と実践経験を有するNPO。政府の委託事業、一般からの寄付、出版事業を主たる収入源とする。http://www.homeland.org.tw/homeland/02-5-3.htm
*4 この協議会は「921埔里校園重建學校聯誼會」と呼ばれ、中学校は宏仁国中学、小学校は大規模校の南光国小学、中規模校の育英国小学、小規模校の水尾国小学と桃源国小学の5校が参加した。
*5 教育部は中央行政機関で、日本の文部科学省に相当する。


後編へ続く

筆者プロフィール

lab_tatebayashi_yasue.jpg 舘林 保江(国立教育政策研究所・研究協力者)

静岡出身。中央大学大学院文学研究科教育学専攻博士課単位取得退学。イギリス・サリー大学ローハンプトン校教育経営修士課程修了。主な論文に「イギリスの小学校におけるPSHEおよび市民性教育」(『ヨーロッパにおける市民的社会性教育の発展−フランス・ドイツ・イギリスの学校』武藤孝典・新井浅浩編、東信堂、2007年)、「学習基本調査・国際6都市調査」ロンドン調査担当(Benesse教育研究開発センター、2008年)、「イギリスの国立スクールリーダーシップカレッジ―イギリス人校長が見た日本の学校」(『スクールリーダーの原点—学校組織を活かす教師の力』渕上克義編者代表、金子書房、2009年)、監査法人トーマツにて学校評価の調査業務担当、2011年4月退職。
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