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研究室

【放射線と子ども】第3章 放射線規制値の正しい認識

稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

2011年4月15日掲載
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第2章では、放射線を浴びてしまった時に後で出てくるかもしれない健康への影響とは、がんになりやすくなること、その傾向は瞬間値100ミリシーベルトを超えるとはっきりしてくるということをお話ししました。


瞬間値って何?

瞬間値(学問的な言い方ではありませんが、わかりやすさを優先してこう呼びます)とは、胸のレントゲンを撮るときのイメージです。「息を吐いて、吸って、そのままで、パシャ。」一瞬です。これが瞬間値。これに対して、合計が同じ量の放射線でも、だらだらじわじわと何時間、何日、何年もかけて浴びたり、何回かに分けて浴びることもあるわけです。これを累積値と呼びます。

繰り返しになりますが、生物はDNAを切る放射線のいたずらには慣れっこで、切られても、すぐに気づいて数時間でつなぎ直します。放射線を一度に浴びると、DNAが同時に何カ所も切れることもあり、忙しくなります。忙しいとミスが出る。このミスがくせ者で、将来のがんにつながってきてしまいます。

ところが、だらだら浴びた場合には、DNAはそういっぺんには切れませんので、余裕を持って仕事ができます。ミスが出にくい。つまり、合計量が同じ放射線であっても、いっぺん(瞬間値)だとがんになりやすく、だらだら(累積値)だとがんになりにくいのです。動物実験をしてみると、この違いは一目瞭然です。


100ミリシーベルトが危ないというのはなぜわかったの?

原爆の悲しい体験からです。広島と長崎には放射線影響研究所という研究機関があり、被爆者の方々の献身的な協力を得て、半世紀以上にわたり調査をしてきました。調査は、これからも続きます。この中で、100ミリシーベルト浴びると、がんになる人が少し(5%程度)増えることがわかったのです。これ以上浴びると、がんになる人はさらに増えていきます。

それでは100ミリシーベルト以下では、がんになる人は増えないのでしょうか?この大切な質問に対する答えは、残念ながらありません。ただ、私を含めた多くの専門家は、ある量以下の放射線ではがんは増えないと考えています。特に累積値(だらだら型)100ミリシーベルト以下では、がんは増えないだろうと考えています。たとえ、わずかに増えたとしても、その割合は、私たちが日常生活で摂取する「ほかの有害な物質」が増やす分と勘案して、大きな意味を持たないと考えています。

「ほかの有害な物質」の代表はタバコです。肺がんに限って言うと、ヘビースモーカーの肺がんのなりやすさは、なんと広島・長崎の爆心地付近で大量の放射線を浴びた方に匹敵します。第2章で申し上げた、「直ちに健康に影響が出る」ほどの、極端に多い量の放射線を浴びた人と同程度なのです。もちろん、タバコは自分の意志で吸うものであって、否応なく「浴びせられてしまう」放射線とは同列に扱えませんが、わずかな量の放射線よりもタバコの方が、ずっと脅威なのです。


「規制値」の決め方

話が少しそれました。この長いお話も、いよいよ終わり近くになりました。

水道水、野菜、肉、お魚・・・。規制値という言葉が新聞やテレビに氾濫しています。規制値スレスレならやめた方がいい? 規制値の半分ぐらいだと安心?

そもそも、この規制値はどうやって決めるのでしょう。大変難しい話です。そこで、食品の消費期限を決める話に置き換えてみましょう。ある生ものが24時間で傷み始める場合、あなたなら、消費期限をどう決めますか?

まさか24時間にはしませんよね。材料や気温のわずかな違いで、消費期限前に傷むかもしれませんので、余裕がなさ過ぎです。しかし、生ものは作った直後から傷み始めるのだから、作った直後に食べろ、と言うのも、安全面からは最善かもしれませんが、現実的ではありません。要するに、余裕をどれだけ見込むかが問題です。

放射線の規制値の場合、瞬間値100ミリシーベルトが大天井(上のたとえ話で24時間に相当)です。しかし、これではあまりにも余裕がありません。一方、上のたとえ話で「作った直後」に相当するのが、地球上で私たちが否応なく浴びている量(第1章)である、おおむね一日累積値0.01ミリシーベルトです。あと参考になるのは、胸のレントゲンの量(瞬間値0.6ミリシーベルト)でしょう。こうした数字をもとに、いろいろな要素を勘案して、規制値が決められています。


今の規制値は妥当ですか?

規制値が高すぎ(甘すぎ)れば、安全が確保できません。しかし、低く(厳しく)しておけばいいというものでもありません。現実面からの問題が出てきます。

規制値を厳しくすれば、水道水の代わりにミネラルウォーターを配るとか、大量の農産物を廃棄するなど、さまざまな処置が必要となります。風評被害も大きくなるなど、社会的なコストが跳ね上がります。これらは最終的には、私たち国民が払うのです。そのお金に見合った効果がなければ、意味の少ないことに巨額のお金を使うことになります。そのお金は、もっと役に立つことに使うべきです。

様々な立場があり、多様な意見があります。小児科医であり、放射線の人体影響について勉強してきた私は、現在の規制値は厳しすぎても、甘すぎることはないと考えています。さっきの消費期限のたとえ話でいけば、2~3時間に設定したというところでしょうか。したがって規制値以下なら安心していいと考えています。

【放射線と子ども記事一覧】
 ・【放射線と子ども】第1章 放射線の正しい知識
 ・【放射線と子ども】第2章 放射線の量と健康への影響
 ・【放射線と子ども】第3章 放射線規制値の正しい認識
 ・【放射線と子ども】第4章 ヨウ素131と子どもの甲状腺がん  ・【放射線と子ども】第5章 福島原発事故の健康影響はどのようにして明らかになるか?

筆者プロフィール

稲葉俊哉先生稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

医学博士。広島大学原爆放射線医科学研究所副所長。東京大学医学部卒。埼玉県立小児医療センター、St. Jude Children‘s Research Hospital、自治医科大学講師などを経て、2001年広島大学原爆放射能医学研究所教授。2009年から現職。専門は血液学(白血病発症メカニズム、小児血液学)、分子生物学、放射線生物学。
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