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第6回 虐待や震災などの子どもに対する PTSD「心的外傷後ストレス障害」の治療 Part I: 概略

要旨:

これまでに虐待を受けたお子さんの個人セッション、集団精神セッションや、震災後のお子さんの個人セッションを行ってきたので、それらのセラピーの方法を記述する。今回は行動制御にみられる困難のうち、非言語的作業記憶の弱さ・言語的作業記憶の弱さ・情動、動機づけ、覚醒の自己調節の弱さ・再構築の弱さ・注意と運動コントロールの困難についての概略とそれらに対する支援方法を取り上げる。
これまでに虐待を受けたお子さんの個人セッション、集団精神セッションや、震災後のお子さんの個人セッションを行ってきましたので、それらのセラピーの方法を記述いたします。 CRN 研究所所長小林登先生より、子ども学の観点から多くのご教授を頂きました。

PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)は、以下にあげますように、行動制御の困難、実行機能の弱さ、注意の弱さ、社会性・コミュニケーションの弱さのような臨床症状として現れていると推察されています。

<行動制御にみられる困難>

刺激と反応の間に間(遅延時間)を入れられず、よく考えてから行動することができない。人の話をよく聞かないで答えたり、車が来ないことを確認しないで道路に飛び出すことなどがあげられます。
その他5つの実行機能(ことを進める力)の弱さが、困難が認められています。


I.非言語的作業記憶の弱さ

非言語的作業記憶とは、見る、聞く、などの過去の感覚的体験で得られたイメージを一時的に思い出して組み合わせ、それを行動や決断に生かす力であり、このような力が弱くなると、以下のような症状が見られるようになります。
  • 時間評価実験では、指示された一定の時間の経過に対し、被験者が感じた時間の長さと、実際の経過時間との誤差が大きくなる(例えば実際には30分の事が5分ぐらいに感じるなど、またその逆もあります。)
  • 遅くなっても家に帰らない
  • 忘れ物が多い
  • 物をよく無くす
  • 過去と現在、未来のつながりを認識することが困難で、ことを進めるうえで支障になる
  • 自己意識が弱くなる

■支援方法
  1. 楽器で数分の曲を弾いたり、歌ったりして実時間を実感させる。それにより、その曲の長さを体で習得し、時間軸上に音の連なりの関係を認識していくことができ、習得していく時間の感覚を追っていくことが可能となる。
  2. ある一定の時間内に過去の体験を絵に描かせ、過去の記憶をイメージ化させる。
  3. 聴覚、視覚の知覚体験を多く取り入れた行動や遊びを行う。

II.言語的作業記憶の弱さ

言語的作業記憶とは、内言(内的言語)の働き、「心の中で自分に向けて対話する力」のことであり、これが不足すると聴覚記憶が困難になるために、以下のような症状が見られるようになります。
  • 復唱が困難になる
  • 何度も同じことを言われても行動に移せない
  • 不必要な発言や人を傷つける発言をする
  • 心の中で自分と対話することが少ないので失敗も多い
  • ルールのある遊びや道徳的な推理が困難になる
  • 自己意識が弱くなる

■支援方法
  1. 音の数かぞえセッション(聴覚記憶課題)を行う
  2. 今日あったことを本人に言語化させる
  3. 絶えず、本人の気持ちを聞き出す(本の読み聞かせの後などで本人の意見や気持ちを述べさせる)
  4. 失敗した原因をよく話し合う
  5. 感情を表現するための日記をつけさせる

III.情動、動機づけ、覚醒の自己調節の弱さ

気分を切り換えたり、やる気を起こして持続させる力が弱いために、以下のような症状が見られるようになります。
  • 100%ご褒美をもらえる連続強化に対して、50%の割合でご褒美をもらえる強化率の部分強化(例えば最初に約束した遊園地に連れて行ってあげるというご褒美を後で変更して、近所の公園にする)では、フラストレーションをおこし、やる気をなくす。
  • 自己調整が困難になる
  • 怒りや葛藤に陥った時に気持ちを立て直したり、少々しんどくても自分を励ましてことをやり遂げることが困難になる
  • 課題が少し難しくなってくると、急にやる気をなくす
  • 教室内での立ち歩きの行動が見られる

■支援方法
  1. 目標を達成できたら約束どおりのご褒美をあげる
  2. 小さな目標をたくさんつくり、スモールステップで進む
  3. 本人が飽きてしまったら、気分を変えることを言ってまた課題にもどる
  4. 毎日の課題に取り組むことで、集中力の持続時間を少しずつ長くする
  5. 毎日同じ時間に同じ課題(本を読む、勉強する、楽器を練習する、絵を描く、スポーツする等)を行う
  6. 嗜好を拡大させる(電車が好きなら、乗り物すべてに興味をもつようにはたらきかけるなど)

IV.再構築の弱さ

人間が変化する状況において目標を実現するのに必要なことは、過去に形成した反応パターンを抑制しつつ、これまでの一連の行動を分解し、状況にあった形で再び新しい行動の系列を組み立てることであり、新しいアイデアでいろいろな物を作っていくなど、問題解決場面でいろいろなアプローチを考えて最善のものを選ぶ力が必要となります。
このような力がないと、以下のような症状が見られるようになります。
  • 行動に柔軟性、創造性がなくなる
  • 言葉の流暢性の課題が困難(例えば「ら」のつく言葉が次々と思い出せない。らっぱ、ライオン、ラーメンがすぐに出て来ないなど)
  • 物語の叙述において順番を間違えたり、適切な言葉を選択できない
  • 話題が頻繁に飛ぶ
  • 遊び方がいつも決まっていて、変化がない
  • 行動に計画性がなく、場あたり的なところがある

■支援方法
  1. 目標を定めて、そのために必要な行動を一緒に考えていく
  2. 問題を解決させるための具体的な対処方法を理論的に教えていく
  3. 効果音による想像の世界で話をつくらせる
  4. あるお話のシーンを想像させて絵を描かせる
  5. 時間系列上の物語の順番の問題を解かせる
  6. 想像を駆り立てる遊びを多くさせる
  7. 過去の経験から遊びをつくらせる

V.注意と運動コントロールの困難

先に述べた行動制御の困難と4つの実行機能の困難が結びつくと運動コントロール障害になることがあります。誤りに対する感受性の低下、行動における柔軟性の欠如、行動の時間的構造の崩壊、中断した活動への復帰が困難のためであり、年齢相応に発達していない不器用な子どもとは区別されます。
  • コントロール力が低下し、行動がその場の環境的要因によって左右されてしまう
  • 禁止されているものにすぐ触る
  • 課題と関係のない刺激に気が散る
  • 行動の自己コントロールが困難になる

■支援方法
  1. 感受性を高める活動を取り入れる
  2. 反応を高める活動を行う
  3. 結果を気にすることなく運動が好きになるように方向づける
  4. 聴覚、視覚認知を高めるトレーニングを行う

《教育面からの支援》
  1. しっかりと良い面をほめる
  2. 教育上の配慮と柔軟な対応が必要となる
  3. 教室の中で学ぶのは困難だが、人とのやりとりの中で学ぶ方がうまくいく場合がある
  4. アクティブな学習スタイルをとる(コンピュータやメディアを取り入れた新しい学習方法が合う場合がある)
  5. 小問題形式でこまめに採点と評価をする
  6. 一つの問題にかける時間を短くする
  7. 援助の先生をつける
  8. 無理のない環境づくり(少し宿題を減らしてもらったり、疲れた時には休みを入れ、無理させないように配慮してもらう。)
  9. 注意が散漫になったら自分からタイムアウトできる場所を設けておく
  10. 行動変容法(良い子悪い子シールを貼る評価表を取り入れる)
  11. 認知行動療法(自分で決められた行動に対して褒美を自分に与える、または自分の良いところを認めて日記に書く)
  12. 自己モニタリング法(課題の最初から最後まで自分の行動を言葉で表現させるなど)
  13. 注目を浴びたいための問題行動は無視する
  14. 書くことが困難な場合には、書くための代替手段を用意する
  15. 書く内容について考える時間を事前に余分に与える
  16. 反抗挑戦性(生活全般において反抗する態度が強く見られ、些細な事の注意に対して強く拒否したり暴力をふるうなどの行動が頻繁に見られる状態)が見られる場合には、行動変容法において悪い子シールで止めて、不適切行動(暴力をふるう等)を表出していない状態のときに良い子シールをあげ、平穏な状態を強化する
  17. 一日の行動をふり返る時間を作り、話し合う

「虐待や震災などの子どもに対する PTSD「心的外傷後ストレス障害」の治療 Part II」に続きます。
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