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第10回 重度の発達障害の療育事例

1.はじめに

スミス・マゲニス症候群(SMS)は染色体17番遺伝子の欠失または変異によって引き起こされる障害である。独特な顔、発達遅延、認知障害、および行動異常が特徴である。患者の大多数では軽度から中等度の知的障害を認める。粗大および微細運動機能、表現言語機能の遅れは生後1歳で現れる。睡眠障害、常同症、不適応および自傷行為を含む行動異常は、成人まで変化し続ける。感覚統合問題も認められ、不注意、活動亢進、頻繁な感情の爆発・癇癪を含む不適応行動、自傷行為を示す。

スミス・マゲニス症候群(SMS)の診断にはG分染法細胞遺伝学的分析またはFISH分析による17番中間部欠失の検出が必要である。自閉症、ダウン症と診断される事が多く、症状からの診断は難しい。この疾患は世界のすべての民族に確認されており、実際の罹患率は1/15,000といわれているが、誤診されているケースが多くあり、家族会も未だなく難病指定もされていない。

今回紹介する事例のAさん(女性)は、アメリカにてこのスミス・マゲニス症候群と診断され、以後日本にて療育を20年間続け、言葉の獲得、情緒の安定、社会性の育みを行ってきた。現在20才を迎え、同世代の大学生達と一緒に活動を行い、自分の人生を楽しむ姿が見られるようになった。このAさんの親御さんは当初の診断の自閉症と違う症状であるために、長年悩んでこられたが、アメリカでSMSの診断を受けてから、療育の方法もわかり、納得のいく成育をすることができたと述べられている。

2.方法
セッション開始前

出産直後、自閉症と診断される。
5歳より父親の仕事のため渡米。カリフォルニア州バークレーの、カイザー病院にて受診、1週間後にスミス・マゲニス症候群と診断される。
6歳で帰国後、筆者と出会いセッションを開始。以後14年間療育を継続。
スミス・マゲニス症候群は遺伝子異常の疾病で、20年前には診断されることも珍しく、どのような症状が出てどのように療育していくかなども不明であった。セッション開始時6歳、言葉がない状態。指示が入りにくく、歩行困難、身体不自由、睡眠障害があり、癇癪を起こす状態。しかし音楽は好み、最初の30分のセッションも集中して行うことができた。

場所:調布発達支援教室
回数:週1回/月3回 14年間継続

<セッション課題内容>

発語課題

音楽が好きな事から、音と映像を文字情報に張り合わせ50音を発語させる課題を行っていった。セラピストの口のマネをすることから始まり、母音の発音の後に子音と母音を合わせた発音、さらに連語させて口の形を移行させ単語発音にし、復唱を行うなどことばの課題を丹念に続けた。
現在は、タブレット端末アプリとして「すらすらことば」「どんどんはなそう」 *1が使用されている。

SST内容

順番に以下の課題を行う(詳しい内容については第3回参照)
視覚の追順性課題
視覚の衝動性課題
聴覚記憶課題
社会性を育むために大学のボランティアサークルに入り、余暇を一緒に楽しむ活動を続けた

指示課題  (タブレット端末アプリを複数使用)

目と手の協応課題
アイコンタクト課題
ゲーム性のある課題
その他

3.支援経過

セッション開始時の6才の時には発語がなかったが、20才の現在は2語文を話し、自分の要求や感情表現もできるようになった。

乳幼児発達スケールでは、理解言語は4才4ヵ月、表出言語4才2ヵ月、対子ども社会性4才7ヶ月、対成人社会性6才6ヵ月、運動3才、操作3才2ヵ月

ひらがなを習得し逐次読みができる。

情動的にも落ち着き癇癪が起こらなくなった。同世代との交流を楽しむ。

幼少の時から参加している大学のボランティアサークルのお兄さんお姉さんたちとの交流が現在もあり、その方々に馴染んでいるので、一緒に外出することに抵抗がなく、現在は、そのお姉さんがガイドヘルパーとして生活を支援してくれている。


<Aさんのお母様のお話>

「私が行ってきたことは難しい事ではなく、子どもが成長して楽しく過ごせるようにという一心で毎日を過ごしてきました。

生まれてすぐに重い障がいがあるとわかり、病院にある12科を全て制覇するほど通院しましたが、病名は明らかになりませんでした。自宅と病院の往復という毎日で、私自身も病院の人としか交流がなく、精神的に不健康な生活を送っていました。それでも病名は不明で、その時点では自閉症ではないかと言われました。東京から千葉、埼玉と様々な病院をまわったり、類似した症状があると知れば駆けつけて話を聞きに行ったりしましたが、やはりはっきりした病名は判らず、不眠や中耳炎などの様々な症状が表出する毎日でした。

そんな日々を送るうち、夫の仕事の関係で海外に渡る機会があり、米国バークレーにある病院で、全身をくまなく検査することになりました。米国の医療はとても進んでいて、2日~3日で病名が米国の医師が発見したスミス・マゲニス症候群と判明し、私自身スッキリとした気分になり精神的に覚悟もでき、これから楽しく過ごさなければ!という気持ちになることができました。

希少な症例ですが、米国ではネットワークが広く、同症例の方からいつでもアドバイスや支援を受けることができ、公立の幼稚園にも半年ほど通うことができました。その後日本に帰国することになり、日本に帰ってもこのような米国での楽しい生活を続けたいという気持ちでおりました。当時子どもは音楽にしか興味がなく、最重度の障がいで運動もできなかったのですが、インターネットで療法の掲示板を見つけ、長田先生と出逢いました。長田先生は常に最先端の情報をもっていて、何が困っているかを聞いてくださり、一緒に何をしたら良いかなど考えてくださって、セッションに取り入れてくださったのが本当に良かったと思います。統合教育を目指している小学校に入学したため、様々な人と接することができたのもとても良かったと思っています。

子どもが10歳くらいまでは、子どものことを一日中考えて療育に励んできたため、疲れてきたこともあり、頑張りすぎるのはやめて、私自身が人生を楽しんで、元気でいなければと気づき、仕事を始めました。

子どもも放課後に学童保育に通い始め、また、近くの大学に"ケアサークル"という、学生さんが週末に障がいのお子さんと遊んでくれるサークルがありましたので、そこに入りました。毎週、公園や水族館、動物園に遠出をしたり、一緒にカレーを作ったり、夏休みにはお泊まり会、冬は雪山に行って雪遊びをしたり、四季折々の様々なイベントをやってくれます。子ども一人にサポーター一人がつき、親も学生さんと楽しく交流ができます。障がいのある子どもを人前に出すのは不安もあると思いますが、受け止めてくれるところは必ずありますので、一度遊びに出かけてみると一生の絆になることがあると思います。

そのサークルは、ケア対象が高校3年生までなので、私自身がサークルの卒業生を集め、月に一度日曜日に障がい者支援活動をするサークルを立ち上げました。子どもが18歳と大人になったので、少し大人向けの活動をテーマに掲げて活動をしています。子どもは30か月くらいの知能で、オムツもしている最重度の障がいがあるのですが、楽しむ力は人一倍あり、それは先述の大学サークルに参加して身についたものだと思っています。

現在のサークルで行っている月1回日曜日の活動では、江ノ島水族館に行ったり、大人の活動ということで中華街に行き中華料理店で円卓を囲んだりと、次から次へと毎月楽しい活動をしています。気に入った男の子がいたり、女の子だけでコスプレをしてプリクラを撮ったり、青春を過ごしているとても嬉しそうな子どもを見ていて、私もとても充実しています。

親としてこれからもまだまだやらなくてはならないことが沢山あるのですが、子どもが毎日楽しく過ごせていることが何よりですし、親も楽しんで元気でないと続かないので、是非お子さんを外に連れ出して、楽しく過ごしてください。」

4.結論

不思議なのは、Aさんが当時6歳ぐらいに一度歌ったきりの歌の歌詞を今も覚えていることである。私も楽譜を見ないと歌詞はわからないのに、Aさんは10年前にやった歌の歌詞を覚えている。それも大正時代の歌などで、日常的に聞いているわけではないのにも関わらず、前奏を聞いただけで、曲の途中の箇所を歌いはじめたりする。数ある知能検査は、ある一部の局面だけで人を推し量ろうとする方法だが、この症例のように人間の知能は計り知れないものがあるとAさんに教えられた。

Aさんのお母様も、現在は児童英語講師をされ、インターナショナルスクールでも語学講師をされ、また障がい者余暇支援活動も始めている。

Aさんは小学生の時から大学の学生サークルに参加しており、現在では支援サービスを使って、日曜日などはサークルで知り合ったお姉さんと一日外出をする。障がいの重さに関わらず、自立すると生活が楽しめるようになってくる。この症例のように、幼少の時から外の人と交わる経験をしつつ、個人の認知や言語性を高める療育を続けていく事により、他者とのコミュニケーションが広がり、人生を豊かにすることにすることができるのではないかと思う。

重度の障がいがあるお子さんにも社会性をもたせ、自立させるための支援の方法として

○他者とコミュニケーションできる基本的な認知力、言語力を獲得するための療育を続ける
○障害のある方のための外出支援サービス(ガイドヘルパー)を利用する
○大学のケアサークルに参加して他者との関わりを育む
○親以外の社会との関係を広げる
○自分の人生の楽しみ方を見つける
○自立することにより、体質的不安定や精神的不安定を解消する

Aさんの20才の成人式パーティの前日セッションの時に、文字が読めるようになった。これから、本が読めるようになるだろう。14年間療育を続けてきて本当に良かったと思い、私にとっても何よりのプレゼントになった。

5.考察

子どもにとって受け入れやすい課題、または本人が好きな課題は、その事が扁桃体からの情動的な内容を持つ陳述記憶の保存を強めることになる。故にたった一回の経験で得られた情報であっても、長期記憶に移行することが可能であると言われている。

「知覚が無意識の記憶につながることにより、スキル学習、習慣的学習、古典的条件づけは、無意識の記憶を記録することができ、脳の運動系、知覚、認知能力ともかかわることができる。非陳述記憶のように、それを学んでいるという自覚なしに起こることにより、無意識の学習プロセスは逐次学習とも呼ばれ習慣学習を成し遂げるという事実は、陳述記憶が障害されたとき、習慣学習は陳述記憶の代替となり得るかもしれないという可能性を提起する。」(エリック・ R・カンデル)。

小林登先生は「子ども学」の考え方から、子どもたちの興味関心が刺激され、喜びいっぱいの快活な状態になることが、知的な能力の発達を促すことになると提唱されている。本人が好む課題による習慣学習は陳述記憶を必要としないため、障害のある子どもにとっても学習を可能とすることができるのではないか。


*1. セッションにおいて使用されたアプリ
『すらすらことば』:発語が遅い、あるいは全くない方や、構音障害、失語症、言語に問題を持つ方が対象。文字に絵と音の感覚イメージを付与することにより「ことば」を記憶しやすくなり、画に合わせて繰り返し口の形や動きを模倣することにより「ことば」が出やすくなります。
『どんどんはなそう』:ことばの課題を克服したい方が対象。歌うようにことばを音声で示し、動きのある絵で動作を表現すること等により発語がしやすくなります。
2語文から3語文、反対ことばやものの名前の獲得を促進します。
『ぐんぐんきおく』:行動が追順できない、あるいは集中力や注意力が持続しない、聴覚記憶が弱い方が対象。目と耳から入ってくる数字を1秒間に1つ記憶してタッチ操作で入力します。最初は2桁から始まり、徐々に桁を増やしていくことにより短期記憶を強化していきます。
アプリの詳細は以下のURLをご覧ください。
http://www.npo-cca.org/ryoiku-apps

筆者プロフィール

長田 有子、臨床発達心理士、認定音楽療法士、 CRN(チャイルド・リサーチ・ネット)外部研究員

アメリカバークリ音楽大学卒業、フランス国立音楽音調研究所にて研修、聖徳大学大学院博士課程卒業、成育医療センター、子どもの虹センター被虐待児施設、調布障害児学童「くれよん」「レインポー」にてSST ・療法を行う。

日本子ども学会理事、日本小児神経学会会員、音楽療法学会会員、臨床発達心理学会会員。

調布発達支援教室

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