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【ドゥーラ CASE編】第3回 映画から学ぶ、イギリスのドゥーラ(後編)

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Harman監督の回答に対して考えた事

前回はHarman監督への質問を通して、イギリスのドゥーラの役割や背景を探りましたが、後編の今回は、日本との共通部分や違いについて考えてみたいと思います。


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イギリスと日本の共通点・違い

妊娠・出産・育児は社会や文化の影響を強く受けるものですが、この映画からは国を越えて共通する部分を感じることができます。海外では、ドゥーラの奉仕する心は、宗教への信仰心に支えられることもあるようですが、ドゥーラが母親となる女性と家族の幸せを願い、支えたいと思う気持ちは、文化や宗教を超えた共通の現象だということが伝わってきます。海外と日本の事例を比較する時、よく宗教の問題が取り上げられます。今回、Harman監督も、ドゥーラの使命感は宗教的というよりもスピリチュアルなもの、と言いました。「無宗教」が多いといわれる日本の人々も、実は「罰当たり」「もったいない」「おかげさま」など、人の力を超えたものを信じる気持ちを豊かにもっており、スピリチュアルな感覚は日本の文化にも根ざしているのではないでしょうか。

日本では一般的に入院期間が長く、産科も例外ではありません。出産の方法や施設の方針にもよりますが、産後は通常4日~1週間ほど入院します。その間、産後の女性と赤ちゃんは、24時間ケアを受けられる環境で、専門家から母乳育児などの支援や指導を受けます。一方、イギリスやアメリカなどの諸外国は、産後1〜2日で退院となり *1、じっくりとケアを受けたり赤ちゃんのお世話の仕方を教わる機会がほとんどないまま自宅に帰ることになります。その代わり、イギリスでは地域に根差した活動をしている助産師が2〜3日毎に自宅を訪問するそうです。日本は退院後は「こんにちは赤ちゃん事業」として、行政から派遣される母子保健担当の保健師等が産後に1回訪問する程度。日本とイギリスを比較すると、日本は産後すぐの1週間の重要な期間に手厚いケアを受けられる長所がある反面、その後は1か月健診などを除くと皆無に近い状態になります。一方、イギリスでは、産後すぐに自宅に帰され、その後は細くて継続的な支援の制度が存在しているといえます。

映画から、女性にとって妊娠・出産は不安が大きいということが、国や文化を越えて共通していることが分かります。また、イギリスも核家族化していて、産後に夫婦だけで乗り切るのは大変ということも伝わってきます(日本独自の習慣として里帰り出産の文化がありますが、最近は祖父母世代の高齢化や地方の産科施設閉鎖、核家族世帯の住宅事情などにより、祖父母の手助けが得にくい状況にあるようです)。


ドゥーラの動機、報酬、副業

ドゥーラの多くはお金のためではなく、ドゥーラをすること自体に魅了されているのだ、という言葉が何度も繰り返し聞かれました。米国のドゥーラの状況(Lantz et al., 2005、紹介記事https://www.blog.crn.or.jp/lab/03/12.html)と共通ですが、イギリスでも、ドゥーラの報酬は決して多くなく、生計を立てられるほどではありません。一般的に、ドゥーラ、看護師、保育士、介護士など、母性をベースにした職業は、女性が主に家庭で担っていた役割から生まれた仕事ですので、その社会における女性の社会的地位を反映し、報酬や地位に結びつきにくいのは世界共通のようです。

さらに、エモーショナルサポートが目に見えにくいこともこの問題に関連します。クライアントの多くは、家事や育児技術指導などの具体的なサービスを目的にドゥーラを依頼するようですが、実際に利用すると、エモーショナルサポートの価値に気がつくようです。

イギリスのドゥーラは、産前クラスや胎盤保管サービス *2など、出産関係の他の仕事を兼ねている人も多いとのこと。産前クラスとは、日本の出産準備教育クラス(母親(両親)学級)のこと。日本では助産師や保健師が行うことが多いのですが、欧米ではバースエデュケーターといった資格をもつ人も行っています。ちなみに、ドゥーラ関連団体の中には、ICEAなど、最初はバースエデュケーターの養成事業からはじまり、ドゥーラの養成事業に広がっていった団体もあります。そのため、産前クラスでクライアントと出会い、信頼関係を築き、その中で自然にドゥーラサービスも依頼されるという流れも多いようです。

映画の中では、比較的裕福で安定した家庭の女性が、より自然で快適なお産をするために、主に自営業型ドゥーラを雇っています。現在、日本で活躍しはじめている産後ドゥーラも、比較的裕福な層から依頼を受けています。

ドゥーラが燃え尽きずに活動を続けるためにも、また経済的に余裕のない女性ほどドゥーラのニーズは高い *3のですから、ドゥーラの報酬と料金のシステムの構築は社会の課題として対処しなければいけないと思います。イギリスでは、Doula UKのような団体による補助金制度、行政による貧困家庭向けのドゥーラ派遣制度、病院の基金などがあるようです。日本も今後は出資源をクライアントだけに頼るのではなく、社会全体で支えるような取り組みを広げてほしいものです。


ドゥーラの認定資格・ドゥーラ団体

イギリスではドゥーラの認定を受けることは公に義務付けられているわけではありませんが、ほとんどのドゥーラが何らかのトレーニングを受けて認定資格をもっているそうです。資格を持っていることによってクライアントに安心してもらい、信頼を得るためにトレーニングを受けるドゥーラもいれば、ドゥーラ組織のメンバーになって情報を得たり仲間に出会うために認定登録をするドゥーラもいます。純粋な向学心から認定プログラムを利用し、周産期に必要な支援について勉強するドゥーラもいるでしょう。たとえ助産師や看護師などの資格をもっていても・・・ドゥーラとして身に付けるべき知識や情報は他にもあると思います。認定資格やトレーニングのあり方、ドゥーラ団体が社会で果たす役割については大事なトピックなので、別の機会に考察を深めたいと思います。

おわりに

「私はドゥーラではないし、ただの映画制作者で、ドゥーラの大ファンなだけなのよ。」とおっしゃるHarman監督は、私の質問に1日も経たないうちに情熱のこもった答えを送ってくれました。ドゥーラでなくてもドゥーラについてこんなに詳しく、ドゥーラの仕事に魅了されている人がいるのだということも最後に特筆しておきます。産科医療の現場で働いていると、医療者だけで産科医療を支えているような気持ちになりがちですが、実際には、例えば周産期に関する専門書や雑誌を作って下さる編集者の人々、医療機器を開発してくださる方など、現場で働く医療者以外の多くの優秀な方々の熱意と努力に常に支えられていることに気づきます。ドゥーラであってもなくても、本心から親子を気にかけ、幸せを願い、何らかの行動を起こす人は、誰でもすでにドゥーラなのだと思います。

ドゥーラを心から応援するHarman監督らが制作した『DOULA!』は本当にすばらしい映画です。ぜひご覧ください。

(執筆協力:界外亜由美)



【作品情報】

タイトル/『DOULA! The Ultimate Birth Companion』(邦題:ドゥーラ!究極の出産付添人)
上映時間/60分(出産ドゥーラ50分+産後ドゥーラ10分)
制作国/イギリス
制作者/ Toni Harman & Alex Wakeford
制作年度/2010年
日本語訳(字幕):岸利江子 飯村ブレット 福澤浩昭

★公式ページ(日本語)http://doulafilm.com/japanese

「出産ドゥーラ」編と「産後ドゥーラ」編、それぞれの予告編動画(日本語字幕付)が閲覧できますので、ぜひご覧ください。レンタル・購入も可能です。上映会や図書館に設置する場合のライセンスも購入できます。

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 Toni Harman(右) & Alex Wakeford(左)

トニー・ハーマン

ベテラン映画制作者兼監督。現在の専門は出産に関する実録ドキュメンタリー映画の制作。 最近の作品には「DOULA!」「出産の自由を求めて」「マイクロバース」など。

アレックス・ウェイクフォード

ベテランの映画制作者兼カメラマン。長編映画を初め、短編映画、コマーシャル、実録ドキュメンタリーなどを手掛ける。3年前にトニー・ハーマンと共にワン・ワールド・バースを設立、出産に関するドキュメンタリーを世界中に公開している。

筆者プロフィール

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福澤(岸) 利江子

東京大学大学院医学系研究科家族看護学教室 助教 助産師、看護師、国際ラクテーションコンサルタント。 ドゥーラに興味をもち、2003-2009年にイリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程に留学、卒業。 2005年よりチャイルド・リサーチ・ネット「ドゥーラ研究室」運営。 Community-Based Doula Leadership Instituteアドバイザリーボードメンバー、社団法人ドゥーラ協会顧問、ニチイ産前産後ママへルパー養成講座監修。 研究分野:「周産期ケアの国際比較」「ドゥーラサポート」



界外亜由美
ライター・コピーライター。広告制作会社で旅行情報誌や人材採用の広告ディレクター・コピーライターとして活動後、フリーランスとなる。また、ドゥーラと妊産婦さんの出会いの場「Doula CAFE」の運営など、ドゥーラを支援する活動も行っている。
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