TOP > 研究室 > 世界の幼児教育レポート > 【ドイツ】「とりはらわれるクラスの壁」―オープン園へと変化するドイツ・バイエルン州の保育

このエントリーをはてなブックマークに追加

研究室

【ドイツ】「とりはらわれるクラスの壁」―オープン園へと変化するドイツ・バイエルン州の保育

ベルガー有希子(ミュンヘン公立幼稚園教諭)

2017年10月 6日掲載

バイエルンには6種類の幼児教育施設がある。0歳児から3歳児対象の保育園、3歳児から6歳児対象の幼稚園、6歳児から10歳児対象の学童保育。そして保育園と幼稚園が統合した形、幼稚園と学童が統合した形、保育園、幼稚園、学童の3つが統合した形をとる3種類の複合乳幼児教育施設である。

lab_01_113_01.jpg
森への遠足保育に出かけた子どもたち

筆者は、過去15年間バイエルン州ミュンヘン市の公立幼児教育施設に勤務している。最初の4年間は幼稚園に、その後幼稚園と学童が併設された複合施設で先生として勤めている。この間に政治あるいは社会情勢の変化、あるいは学術研究の進歩等に影響を受けて、幼児教育の形態も少しずつ変化してきた。

本稿では、近年ドイツの幼児教育関係者の関心を集めている「オープン園」を定義し、関心の広がりの背景、その移行の経緯を紹介してみたい。

1.「オープン園」とは
「オープン園」とは、職員全体で園全体の子どもたちを保育する園である。「私のクラス」、「僕の担任の先生」という概念がなく、「私たちの園」、「私たちの先生」、職員から見れば「私たちの園児」というとらえ方である。 核になるコンセプトは、すべての子どもたちが心地よく過ごせる場所であること。子どもたちは、どこで何をして誰と遊ぶかを自分で決めることができ、園は子どもの決定権や、参画を保証する場とされる。その中で、子どもの発するシグナルを重視し、子どもの欲求や子ども自身がすでに内に秘めているそれぞれの'陶冶プラン' (1)を見出すことが、先生の役割と捉える。 このようなオープンスタイルにスムーズに移行するためには、まず大人側の発想の転換が必須である。従来の保育方法に慣れている先生たちは、最初は「すべての子どもを把握するなど不可能」という反応を示すであろう。次々と露呈してくる疑問や困難を職員全体で乗り越える協力体制を作っていくことが、「オープン園」の前提となる。
2.「オープン園」が広がる背景

70年代の西ドイツにおいて考案された「オープン」という概念は、障害児童特別措置に疑問をもつインクルージョン派(2)と子どもの身体づくり推進派 (3)が統合して発展してきた。それにより「オープン園」の目指すところが、わけ隔てなくすべての子どもを受け入れることとされ、関わる全ての人々が参画可能なオープンな社会の基礎となる幼児教育を体現する場所とされた。

この子どもの参画に軸足を置く考え方は、1989年に国連総会で「子どもの権利条約」が採択されたことによる。

また、バイエルン州に「オープン園」が広がる主な要因として、2003年に制定された陶冶保育プラン(BEP) (4)の影響が大きい。2000年に実施されたOECDの学習到達度調査(PISA) (5)において、ドイツの結果は振るわなかった。低迷する学力にもましてドイツの教育専門家にとってショックだったのは、家庭の経済格差に比例して子どもの学力の差が歴然としている点であった。この結果を受けて乳幼児教育の重要性が再認識され、幼児教育政策へのてこ入れが加速した。

ドイツは連邦制のため、国としての大枠があるにしても州ごとに保育政策、保育要綱が異なる。私の園があるバイエルン州ミュンヘン市にはドイツで唯一の州立乳幼児教育研究所(IFP)があり、最先端の乳幼児教育の実践を誇っている。さらに言えば、乳幼児教育を越えた学校教育にももっとも力を入れている州の一つとされる。そのバイエルンでさえ、2003年にはじめて保育要綱である陶冶保育プランが発行されたというのは驚きであるが、出来上がったBEPは、ドイツの中でも優れたものと認知されている。

その中で最初に定義され大切にされているのは、「子ども観」である。子どもは学ぼうとする姿勢を生まれもっていること、子どもには学ぶ権利があることが強調されており、守ってあげる存在ではなく、自分で自分のやりたいことや可能性を決定する力がある子ども像が確立されている。

また、社会の変化に伴いシングルマザーや共働き家族の増加、移民や難民の流入など、さまざまな形の援助が不可欠となってきた。そのため、多種多様なバックグラウンドをもつ子どもたちをそのままで受け入れることのできる園が求められるようになった。さらに、スピードや効率が評価される社会環境や学歴社会などを超え、複雑化する社会において、困難を乗り越えていく力(レジリエンス)が重視されるようになってきた。

子どもたちの個性、自立性を尊重し、多種多様性を受け入れることができ、困難を乗り越える力も培うことができる保育形態が、「オープン園」であるのだと考えられる。「オープン園」は、現在の社会が理想とする子ども像のための陶冶に適していると評価された。

このような背景から「オープン園」がドイツで広まっているのだが、その広がりを支えているのがドイツならではの風土であると思う。それは、遊びを大切な学びの機会と捉えている点だ。遊びの重要性については、BEPでも重ねて指摘されている。従来のように先生が前に立って指導する保育方法と違って、「オープン園」には、子どもが自由に選び遊ぶ時間が十分ある。先生によって計画、指導される保育ももちろん必要であるが、ドイツではそれよりも子どもの発達に大切なのは、自主的な自由遊びの中での学びであることを強調する。BEPの中にも自由に遊ぶ中で、さまざまな生きる力を身につけていく理論的裏付けや、実例が記載されている。

しかしながら直接的に「オープン園」を推進している文章があるというわけではない。実際に教育局はプラン制定に先立つモデル園での試用期間中から試行錯誤を重ねるうちに、「オープン園」の長所を確信しその移行を推し進めてきたといえよう。BEPには必ずしも明記されてはいないが、一種のトップダウン方式での導入である。幸い、「オープン園」にするか否かの判断は園長(6)自身に一任されることから、それによって変化する働き方に馴染めない職員は、希望転園することができる。

どの園においても円満な「オープン園」への移行はありえない。程度の差はあっても、さまざまな障害や困難、職員同士のぶつかり合いが待ち受けていたものである。

3.「オープン園」への移行の経緯

ここでは、勤務する幼稚園での変化を私自身の経験に基づいて具体的に述べたい。私の勤務する園であるが、名称をHaus für Kinder(こどもの家)といい、幼稚園と学童保育の子どもたちが通う公立園である。幼稚園2クラスのほかに、学童保育クラスが4クラスあり、それぞれ25名在籍するので定員150名である。教諭としての仕事をはじめた15年前には、ひとクラス複数担任制で3歳から6歳の異年齢児25名を常時2人の先生でみていた。ただし日本の幼稚園と違って、ドイツの幼稚園の開園時間は午前7時から午後5時と長時間のため、クラス担当の先生は、3名ないし4名でのシフト制をとっていた。当時クラス活動は、ほとんどドアが閉鎖された状態でなされており保育内容についてはクラス内の担任同士で相談し、分担しあっていた。遠足についてはクラス単位での活動が主で、一例としては、ひとクラス全員で動物園に遠足に行き、別のクラスは川遊びに行ったことが挙げられる。2つのクラスが一緒に遊ぶ機会は、庭で遊ぶ時のみだった。

このクラス別活動形態が徐々に変わってきたのは、3年ほど前からである。

「オープン園」に移行する決断を園長が下し、職員全体での「オープン園」移行へ向けての研修がはじまった。

まず、注目したのは、がらんとしていた廊下スペースである。庭だけではなく、廊下が両クラスの子どもたちが出会う場所となるように、左右に積み木ゾーンと、読書コーナーを作った。

lab_01_113_02.jpg
幼稚園の廊下での積み木コーナー。以前は、おもちゃなどなく、
がらんとしていた廊下に、遊びコーナーが作られた。

次に改革したのは担任制のとりやめである。先生の持ち場と持ち時間は週案により、月曜日に決めることとなった。さらにその際に、それぞれの先生の持ち寄る保育内容についても話し合われた。毎朝50名の子どもたちが「朝のお集まり」として多目的室に集合するが、その最後に数名の担当の先生がその日の設定保育について紹介する。この時に製作や、体操に内容が偏らないように、予め各自の保育内容を月曜日に申告しておくのである。毎日複数の設定保育が提案できるように調整されている。

朝のお集まり時に設定保育を紹介された子どもたちは、自分のしたい製作や、遊びを選んで、担当の先生とともに、場所を移動することとなる。遠足やお散歩については、希望者のみでの移動となり保護者に対して個別の連絡など煩雑になることも多いが、あくまで子どもの希望に応じて実行される。

園での大人の動線が軌道に乗ってきた頃、今度は子どもたち50名が園内で自由に動きまわれるようになる。自由遊び時間には、子どもたちは、幼稚園内であれば、どこで誰とどのぐらい遊んでもよい。この変化に伴って、クラスのドアは常に開かれた状態となった。

さらなる改革は、保育室の模様替えである。従来は、ごっこ遊び、お絵かき製作、ボードゲームなどのそれぞれのコーナーが各保育室に配置されていたが、子どもたちの動きを観察して、二つの部屋に同じ目的のゾーンは不必要であることが明らかになってきた。そのため一方の部屋には、ごっこ遊びとボードゲームコーナーを、もう一方には製作コーナー、ごろごろゆっくり過ごすコーナーと、それぞれの部屋に特徴をもたせることとなった。

ここまでの改革で約2年を要しており、幼稚園内の「オープン園」への変貌はほぼ達成されたと思われた。その一方で、学童にはそれまで際立った動きはなかったのだが、幼稚園の「オープン園」への取り組みが始まってから2年後、ようやく学童の改革がはじまった。幼稚園だけでなく、学童とタッグを組んでの「オープン園」へと動き始めた。

まず、学童の部屋の模様替えが行われた。子どもの意見も取り入れながらの変化だったため、ゆっくりと様子を見ながらゆるやかに変化していったのだが、最終的には、おやつやランチを食べるビストロ(食堂)、積み木の部屋、サッカーゲームの部屋、図書室、製作室、木工室、音楽室、宿題をする部屋と役割別の部屋割となった。

この学童のオープン園化に伴い、幼稚園のオープン園化も一歩前進した。

給食は、年少児と一部年中児が教室でとり、年長児と一部年中児はビストロにてビュッフェ形式でとる。ビストロには、学校が早く終わった一年生らが順々に合流してくる形となるので、学童児との交流も増えることとなる。2時半からのおやつの時間は、在籍児全員150名でのビュッフェ方式である。

lab_01_113_03.jpg
ビストロ(食堂)でのおやつの時間。

さらに幼稚園児にとって利点となるのは、学童児のいない午前中の学童の部屋を自由に使うことができることである。ちなみに、ドイツの小学生は日によって下校時間が11時20分のときもあるので、早いときは子どもの学童への登園は11時半となる。クラスがオープンになる以前は、児童がいない11時半より前の時間帯には、学童のスペースは全く使用されていなかった。変化を遂げた現在から振り返るとスペースを有効活用していなかったことが実感される。

以上のように、およそ3年をかけて試行錯誤を重ねながら現在の「オープン園」へと変貌してきた。ただし、便宜上従来通りのクラス分けが形の上でされており、25名のクラス名簿も存在することをここで付け加えておく。

lab_01_113_04.jpg
学童の子どもたちが宿題をする部屋。

4.おわりに

「オープン園」に関する職員研修は、3年間を通して終日研修が4日間、閉園後の2時間研修が15回ほど行われた。終日研修では、ミュンヘン市学校スポーツ局の担当専門職員が講師として研修を担当してくれた。

その中で特に印象に残っていることは、最初の研修において職員一人一人の子ども観について丁寧にすり合わせがなされたことである。子ども像に対する一致した認識を確認する作業に時間をかけた。そして、子どもの権利という観点から保育の見直しを行い、徐々に無理のない範囲での変化を遂げていった。

最初は、私を含め職員の過半数が園のオープン化に懐疑的であった。一番憂慮されたのは、「子どもと先生とのつながりが弱くなってしまうのではないか?」「年少児がとまどうのではないか?」という点であった。私自身その考えが改まったのは、1年半ほど経ってからである。子どもたちの表情や、活動への取り組み姿勢が目に見えてポジティブに変わってきたからだ。

特に変わったのが、一斉保育において消極的な立場の子どもたちである。遊びの選択肢、遊び相手の選択肢、かかわる先生の選択肢などが広がることにより、園がより心地よい場所に変わっていることが実感できた。

この気づきにより、前述した子どもと先生との絆が弱まる可能性は、実は子どもの側からの問題ではなく、先生側の視点だったこということを理解した。先生の「子どもとつながっていたい」という気持ちや、「子どもの行動のすべてを把握しているのがいい先生である」という考え方にしばられていたのでは、と思う。

「オープン園」については、目指すべき完成形がなく、移行過程が終了することはない。その理由は、在籍する子どもたちや職員の一部交代が毎年あり、社会的環境も変化するからだ。環境が変化すれば、親の要望や子どもの欲求も変化し、それにしたがって園のあり方も改善していくことが望まれるからだ。

オープンな園への移行は、決して終わることのないプロセスであり、「オープン園」運営の基本は、「変化への柔軟な対応」であるといえるだろう。

日本とドイツの保育業界は、少子化や保育者不足など抱える問題は似通っている。乳幼児期の重要さを認識していることも同じであろう。

子どもの視点にたった自発的で無理のない学びが尊重され、長期的で、人格形成の基礎となる遊びの体験に基づいた陶冶が大切とされるドイツ。子どもの願いに寄り添おうと、よりよい保育環境を模索しているミュンヘンの事例が参考になれば幸いである。


  • (1)陶冶とは、ドイツ語でBildung。Bildungは教育とも訳されるが、人格形成を含んだものと捉えられる。文中では、子どもは生まれた時から学ぶための自分自身の青写真をもっているという意味。
  • (2)障害者特別学級や、特別学校を作ることに異を唱える。障害のあるなし、国籍、宗教にかかわらず多様性を受け入れようとする。異質な人々を集団としてひとかたまりにして受け入れることをインテグレーションと呼ぶのに対し、異質な人々を個別に一人一人受け入れることをインクルージョンと呼ぶ。
  • (3)教師が教室の前に立って指導する一斉授業に異を唱える。子どもたちは、身体を動かすことが大切であると主張。
  • (4)バイエルン陶冶保育プラン。バイエルン州乳幼児研究所のフテナキス教授が中心となって2003年に制定された乳幼児教育の指針。2003年には450ページだったのが、改定を重ね現在では500ページを越えている。参考文献1参照
  • (5)世界各国の15歳の子どもを対象に実施する試験。出題分野は、読解力、数学的思考力、科学的思考力。2000年より3年ごとに実施。また学力テストを補足する形でアンケート調査も行われ、学習意欲や、学習環境についても調査する。
  • (6)ドイツの公立園では異動がなく、通常一つの園に園長として退職まで勤務する。

    参考文献
  1. Prof. Wassilios E. Fthenakis:Bildungs-und Erziehungspläne: Der Bayerische Bildungs-und Erziehungsplan für Kinder in Tageseinrichtungen bis zur Einschulung,Bayern 2012
  2. Gerlinde Lill: Was Sie schon immer über Offene Arbeit wissen wollten... Weimar.Berlin2012
  3. Becker-Textor,I .u.Textor,M: Der offene Kindergarten-Vielfalt der Formen, Freiburg.1997


*本稿の本文、画像等の無断転載・複製を固く禁じます。

筆者プロフィール

yukiko_W_profile.jpg ベルガー有希子
お茶の水女子大学児童学科卒業。ドイツの育児支援センターにスタッフとして12年勤務。現在は幼稚園で先生を務める傍ら、ミュンヘン市教育スポーツ局保育視察担当者として受け入れ業務を兼任。お茶の水女子大学、福岡教育大学などで講師経験多数。


このエントリーをはてなブックマークに追加
サイトマップはこちら
サイトの全体像が分かります。

Twitter  Facebook

CRNアジア子ども学交流プログラム

名誉所長ブログ

研究室新着記事

イベント

ご意見・ご質問

メルマガ登録

世界の幼児教育レポート

CRN刊行物