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【フィンランド】フィンランドの幼児教育~保育園と小学校をつなぐエシコウル~(園・家庭での「学びに向かう力」各国事情⑤)

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<本連載について>
近年、国際的に乳幼児教育への関心が高まっています。チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)の運営を支援するベネッセ教育総合研究所(BERD)では、好奇心、協調性、自己主張、自己統制、がんばる力などの非認知的なスキルを「学びに向かう力」と称し、幼児期から育てたい生涯にわたって必要な力ととらえ、日本国内において縦断的な研究を行ってきました。(詳しくはこちら

この度、ベネッセ教育総合研究所では、「学びに向かう力(非認知的スキル)」が幼児期にどのように育まれ、それを育む環境はどのようになっているのかについての大規模な国際調査を実施いたします。それに先駆けて、2016年から2017年にかけて、アジア、ヨーロッパの国々の幼児教育施設や家庭を訪問し、親子の生活実態や、「学びに向かう力」の育成に対する園や家庭での試みを見てきました。

研究員の目から見た、各国の幼児教育の現状、親子の様子や、子どもへの関わりなどについて、本コーナーで連載します。なお本連載で紹介する園や家庭の事例は、あくまで今回の訪問調査で見聞きした取り組みの紹介であることを、予めご承知おきください。

はじめに

フィンランドは北欧に位置しており、国土面積は約33.8万km2です。日本の国土面積37.8万km2と同程度の広さの国になります。人口は約543万人で、日本の人口(約1億2600万人)の約1/25にあたります。公用語は、フィンランド語とスウェーデン語です。フィンランドは、スウェーデンとロシアに挟まれており、長い間、両国からの支配を受けてきましたが、1917年に独立しました。

北欧諸国は、高福祉高負担の国で知られています。福祉国家には3つのタイプがあり(リベラル型、コーポラティブ型、ユニバーサル型)、フィンランドは、北欧型福祉国家と呼ばれるユニバーサル型に属しています(注1)。公共政策の範囲が広く、国に課される責任が大きいことが特徴です。「国家が国民の幸せに責任をもつ」という方針で、①雇用、労働、住宅、交通、教育などの社会政策、②所得保障政策、③社会福祉と保健のサービスの3点に力を入れています。資源に乏しいフィンランドでは、国の財産は人であり、人を育てる教育こそが重要な役割を果たすという考えのもと、「子どもたちは十分な教育を受ける権利がある」とされています。

フィンランドが近年世界の注目を浴びるようになったのは、2003年度にOECDのPISA(学習到達度調査)において、上位となったことによります。人口の少ない国の子どもたちが、どのように世界トップクラスの読解力と科学的リテラシーを身に付けたのか、日本をはじめ先進諸国が興味を抱きました。幼児教育においては、OECD報告(「Starting Strong」2001,2006)や国内の研究を踏まえて、幼児教育の向上に取り組みつつあります。教育と子どもをケアする役割の両方を担う「Educare(Education + Care)」という考え方を取り入れ、注目されています。Educareとは、北欧4か国ですすめている新しい幼児教育の考え方です。

フィンランドの幼児教育

フィンランドの家族の形態は両親共働きやひとり親家庭などバラエティに富み、それぞれの事情に合わせて様々な保育の場が用意されています。主なものは、保育園(半日からフルタイムまで預ける時間は様々)、就学前教育学校(エシコウル)、家庭保育などがあります。保育園は0歳児から5歳児を対象とした施設で、母親の就労の有無にかかわらず入園できます。日本のように幼稚園と保育園には分かれていません。エシコウルは年長児(6歳児)を対象とした小学校入学前の準備教育をする施設で、幼児教育と小学校教育をつなぐ役割を担っており、通常保育園か小学校に併設されています。家庭保育は、保育士が数人の子どもを自宅で預かるサービスです。その他には親が育児休暇をとり、自宅で子育てをする形態もあり、その際には自治体から育児手当が支給されます(フィンランドでは、子どもが3歳になるまで2~3年育児休暇をとり、職場に復帰する権利があります)。

フィンランドでは、2013年から社会保険省に代わり教育文化省が幼児教育を管轄することとなり、教育改革が行われています。2014年に新ナショナルカリキュラムが告示され、2016年から小学校以上(含:年長児クラス)において、2017年から幼児教育で実施されることになっています。

幼児教育の新ナショナルカリキュラムで重視するのは、以下の6領域です。①考える力と学びにつながる学び、②多様な文化を理解する力、人とかかわりあい表現していくこと 、③日々を生きること、自分も他者も大切にすること、④マルチリテラシー、⑤ICTスキル、⑥社会への参加、持続可能な未来を作りつづけていくこと。 「乳幼児期は、生涯にわたる学びのスタートであり人格形成の基礎となる」という認識を、教育の共通のねらいとして、小学校以上の各教育課程のナショナルカリキュラムにも盛り込んでいます(注2)

本稿では、2017年1月に訪れた、フィンランドのヴァンター市(首都ヘルシンキの隣接市)にある保育園2園への訪問インタビューを通して見聞きした、幼児教育についてレポートします。今回は、年長児の発達をテーマとした研究活動の一環で訪問をしたため、エシコウルを中心に活動の様子を紹介いたします。
※フィンランドの保育園は、実名を出さないことを前提に掲載許可をいただいています。

1.A保育園:~遊びを通して文字や数に対する興味・関心を育てる活動~

ヘルシンキ駅から電車とバスを乗り継いで約30分の距離にあるヴァンター市の保育園。園舎は平屋建てで園庭がぐるりと園舎を取り囲んでいます。保育園の道を隔てた向かい側には森が広がり、子どもの遊び場にも使われています。訪問時期は1月中旬でした。フィンランドの冬は夜明けが9時頃、日没が16時頃で、陽の出ている時間帯が短いのが特徴です。園を訪問した朝9時は、まだうす暗い状態でした(写真1)。子どもたちはすでに登園し、遊んでいました。

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写真1:1月、朝9時の保育園の外観写真2:保育園の向かいにある森


保育園の開園時間は6時頃、閉園は18時頃です。8時頃に朝食が出されます。この保育園には、エシコウル(年長クラス)が併設されています。園児数は、5クラスで100名、そのうちエシコウルのクラスは25名です。そのほかに、クラブ活動のみの参加で約40名が通園しています。

エシコウルの授業は、1日4時間で、9時頃から13時頃に行われています。親の事情に合わせて、この時間のみに参加する子どももいれば、エシコウルの授業以外の時間は保育園で夕方まですごす子どももいます。

日ごろの活動は、各学年ごとに分かれており、少人数グループでの活動が中心になっています。エシコウルクラスでは、毎朝9時から、全員が集まり活動する一斉授業があります(写真3、4、5)。

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写真3:朝の一斉授業の様子写真4:タブレットで課題を探す様子

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写真5:積み木競争


初めに広い部屋に全員が集まり、さまざまな活動を行います。見学をした日は、4、5人の小人数グループに分かれ、計算問題や数の特徴を利用したクイズに答えたり、大きな積み木を使ってどのグループが一番高く積めるかを競争していました。その後、グループにひとつずつタブレットを配り、それぞれの課題(「保育園の中で一番大きなものを探して写真にとる」など)をこなすために、保育園中を自由に歩いて撮影し、最後にもう一度部屋に集まって、それぞれのグループから発表をします。プレゼンテーションのやり方は、先生が指導をしていました。数の数え方や偶数奇数の特徴、大きい順に並べるなど、数や分類の作業を遊びに取り入れた活動が印象的でした。タブレットを使った活動は、新カリキュラムで重視する項目である"ICTスキルを身につける"にもつながっています。どのグループも上手にタブレットを使いこなしていました。

その後は、少人数グループに分かれて自由活動に取り組みます。園舎には、小さな部屋が多くあり、部屋ごとにテーマが決められています。ボードゲームをする部屋、絵を描くための部屋、パソコンを使用できる部屋、ままごとの部屋などで、それぞれのテーマに合わせた素材が置かれています。園児たちは、グループごとにその日のテーマを自分たちで選び、部屋に行って活動に取り組みます(写真6、7、8)。男の子たちのグループは、ボードゲームの部屋に一直線です。楽しそうに取り組んでいました。活動としては、自分たちで活動テーマを選んでその日に取り組むものと、作品作りなどの長期的なテーマがあります。写真9は、半年をかけて取り組んだ絞り染めのペンケースの作品です。

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写真6:ボードゲームをする部屋写真7:絵を描くための部屋

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写真8:小さい年齢の子どもの部屋写真9:長期プロジェクト 絞り染めのペンケース


園長先生に、園で大切にしていることについてうかがったところ、"子どもたちが自分で考えられるようにすること"という答えでした。保育士の子どもへのかかわり方を見ていると、子どもたちの活動に対して、リードすることなく、一歩ひいて目を配っている様子でした。子ども同士で何かトラブルが起きたときに、自分たちでどうしたらよいかを考えられるように促すようにしているとのことでした。そのような活動を通して、子どもたちは主体的に活動にかかわり、自分の意見を言えるようになり、協調性や自主性を育くんでいくのだろうと思います。

2.B保育園:~小学校、保育園、ネウボラが一体化した環境で学ぶ~

2園目もヴァンター市内にある保育園です。ヘルシンキ駅から電車で約30分、駅の周辺は新しく街が開発されつつある地域です。園舎は昨年建てられたばかりで、学校、保育園、エシコウル、ネウボラ(妊娠中から就学前までの家族の健康をサポートする相談の場)、子育て支援センターが併設された2階建ての建物です。建物の中央が食堂で、いろいろな年齢の子どもたちが食事をします。保育園の開園・閉園時間は、A保育園とほぼ同様です。園児数は、6クラスで90名、そのうち29名がエシコウルに通っています。地域住民向けの園開放活動も行っています。この園でも、子どもの活動に合わせて様々な少人数用の教室が用意されています。どの部屋もガラス張りで、先生が子どもたちの活動を見守ることができるように配慮されています(写真11)。

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写真10:B保育園の外観

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写真11:ままごとの部屋 ガラス張り写真12:活動中の子どもたち


この園の建物は、園の教育方針を具現化できるように、建築案のコンペを行ったうえで建てられました。そのため、小学校と保育園との交流がしやすいように工夫されています。例えば、様々な学年が同じ屋根の下で生活する感覚をもてるよう、建物の中心に食堂を設置し、各学年の部屋がそこから枝分かれしていく構造になっています(写真13)。また、空き教室を互いに使用したり、小学校校長と保育園園長の部屋が扉でつながり、行き来できるようになっていたりします。子育て支援センター、保育園、エシコウル、小学校といった施設が集まっていることで、子どもが幼いころからこの施設に訪れるため、保護者にとっては子どもの先の育ちが見ることができると同時に、子どもが幼いころから保護者同士や先生・子育て支援の職員と関わることができるといった利点があるようです。保育園では、机や椅子などの家具の一部はオリジナルで作られ、可動式のテーブル兼椅子は、子どもでも持ち運べるように単純な形で、軽い素材によって作られています(写真14)。また、部屋の色彩や家具の配置が、日本の保育園と異なり、かなりシンプルです(写真15)。その理由を聞いたところ、"色どりは、子どもの作品や子どもの持ち物で取り入れればよい"という考え方でシンプルにしているそうです(写真16)。また、ベッドも壁に収納できる仕組みになっていました(写真17)。このように、教育方針を実現する上で環境設定も大切な要素であることを実感しました。

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写真13:食堂の様子写真14:オリジナルで作られたテーブル兼椅子

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写真15:シンプルな内装写真16:カラフルな子どもの作品

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写真17:壁に収納できる昼寝用ベッド


このような環境の中で、保育園と小学校の連携の進め方について聞いたところ、時間割を合わせるなどの対応は特に行っておらず、歌を一緒に歌うなどの日ごろの活動の中で交流を行っているそうです。エシコウルでは、小学校への移行期の親との面談には力を入れており、入学前後に3回行っています。エシコウルに入った時、卒園する前、そして小学校入学後です。親と保育士で家で行うこと、園で行うことについて互いに話し合い、子ども個々人に合わせた指導を行うそうです。日本で言われている小1プロブレムといったことはほとんど見られないとのことでした。

今回訪問した2つの園では、幼児教育として以下の4点を重視していました。①保育の柱である遊びを通した活動 ②教師が一歩ひいて子どもを見守る姿勢 ③学ぶための環境設定 ④保護者との連携。

また、園の先生から見た近年の保護者の特徴は、「熱心に子どもにかかわる親と自身が問題を抱えている親の二極化を感じる」とのことでした。その背景としては、家族のスタイルが多様化し、離婚家庭が増えていることや、リアルな子育てネットワークをあまりもっておらず、子育て情報をネットや雑誌に頼る若い家族が多くなっており、自信をもてない状態であるようです。祖父母が遠方に住んでいる場合は、地域で子育てのネットワークを作る機会を提供することも必要と考えられています。また、不安を抱える親が、子どもに習い事などをいろいろやらせようとする傾向もみられるそうで、園長先生は、親子で過ごすことができるだけで十分という考えから「あなたがあなたでいるだけで子どもにとっては十分なのですよ」と園児の保護者に伝えているそうです。少子化、核家族化が進行する中、子育てのネットワークが脆弱になり、子育てに自信をもてずに迷う若い親たちの姿は、日本の子育ての課題と重なる部分があるように思います。一方で、保育園から小学校にかけての接続の面では、エシコウルという接続期のクラスが大きな役割を果たしており、そこでの遊びを通して学ぶカリキュラムや、親と園の先生との綿密な連携のあり方などは、日本の幼児教育においても学ぶことが多くあると感じました。

次回はフィンランドのご家庭の様子や親子の関わりについて、レポートいたします。

この文章は、下村有子様に吟味をいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。


    ■注
  • ※注1 福祉国家:福祉国家とは、国(社会、行政)が国民の幸せ(福祉)に責任を持つ国を指す。(フィンランドにおける保育と子育て支援―保育と家族政策を中心に―より引用)
  • ※注2 日本の保育にもみられるフィンランドの保育の大切なこと―同じであることと異なることに着目して―(https://www.blog.crn.or.jp/lab/01/106.html)、チャイルド・リサーチ・ネットより引用

  • ■参考文献
  • 1.フィンランドの子育てと保育、藤井ニエメラみどり・高橋睦子、明石書店、2007
  • 2.日本の保育にもみられるフィンランドの保育の大切なこと―同じであることと異なることに着目して―、井上知香・アンネ・バルパス、チャイルド・リサーチ・ネット、2016
  • 3.フィンランドにおける保育と子育て支援―保育と家族政策を中心に―、安藤節子、聖園学園短期大学 研究紀要 第37号、2007
  • 4.フィンランドにおける子どもの育ちを支える教育事情、吉川はる奈・尾崎啓子・細渕富夫、埼玉大学紀要. 教育学部 64(2)、2015
筆者プロフィール
Junko_Takaoka.jpg高岡 純子(ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室 室長/主任研究員)

2006年より現職。乳幼児領域を中心に子ども、保護者、教師を対象とした意識や実態の調査研究、「学びに向かう力」の発達研究、乳幼児とメディアの研究などを担当。これまで担当した主な調査は、「幼児の生活アンケート」、「乳幼児の父親についての調査」、「妊娠出産子育て基本調査」など。文部科学省 「幼児教育に関する調査研究拠点の整備に向けた検討会議」委員(2015年度)、三重県家庭教育委員会委員(2016年度)、千代田区こども子育て会議委員(2014年~)、など。
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