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【中国】激動する中国の幼稚園のいま(園・家庭での「学びに向かう力」各国事情①)

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<本連載について>
近年、国際的に乳幼児教育への関心が高まっています。チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)の運営を支援するベネッセ教育総合研究所(BERD)では、好奇心、協調性、自己主張、自己統制、がんばる力などの非認知的なスキルを「学びに向かう力」と称し、幼児期から育てたい生涯にわたって必要な力ととらえ、日本国内において縦断的な研究を行ってきました。(詳しくはこちら

この度、ベネッセ教育総合研究所では、「学びに向かう力(非認知的スキル)」が幼児期にどのように育まれ、それを育む環境はどのようになっているのかについての大規模な国際調査を実施いたします。それに先駆けて、2016年から2017年にかけて、アジア、ヨーロッパの国々の幼児教育施設や家庭を訪問し、親子の生活実態や、「学びに向かう力」の育成に対する園や家庭での試みを見てきました。

研究員の目から見た、各国の幼児教育の現状、親子の様子や、子どもへの関わりなどについて、本コーナーで連載します。なお本連載で紹介する園や家庭の事例は、あくまで今回の訪問調査で見聞きした取り組みの紹介であることを、予めご承知おきください。

はじめに

中国の幼児教育には114年の歴史があります。社会や時代の変革に左右され、様々な変遷を経てきました。その中でも2001年は中国の幼児教育にとって、1つの転機と言われています。その年、中国の教育部では、「幼稚園教育指導綱要(試行)」(以下「綱要」と略す)を公布し、遊びを中心とする幼児教育の実施を定めたのです。その裏には、幼稚園の「小学校化問題」を是正することが目的の1つとしてあります。「綱要」は、幼児教育の内容をそれ以前の8科から5領域へと改定し、子どもの発達に応じて幼児教育のカリキュラムを各園で制定することに方向変換したのです。「綱要」は、今でも中国で幼児教育を行う際の大きな指針となっており、2010年に制定した「3歳~6歳児童学習と発達ガイドライン」(以下「ガイドライン」と略す)は、この「綱要」を補完する形となっています。「ガイドライン」には、5つの領域(健康、言語、社会、科学、芸術)と4つの活動(学習、運動、遊び、生活)が含まれています。遊びを中心とした幼児教育の中、子どもの「学習品質」(日本語では「学びに向かう力」)をどう育てていくか、具体的な方法も示されています。いわば現場での手引書的な存在となっています。

今回訪問した上海の二園はいずれも公立の幼稚園であり、その活動指針は「綱要」と「ガイドライン」に則したものと考えてよいでしょう。

訪問した二園の概況は以下の通りです。(園のパンフレットやホームページの内容を筆者が編集したもの)

上海重点大学の付属園上海インターナショナル幼稚園
概要1952年に創設。公立1級幼稚園。(注1)1949年創設。公立示範級(モデル)幼稚園。
理念
(教育目標)
多様な教育環境を創り、豊かな体験ができる環境を構築し、自己主張のできる子、自ら行動する子、個性豊かで、読書好きな子どもを育成。オープンマインド、多様性を尊重し、心身健康な子、生活習慣が良好で、助け合い、勉強を楽しむ子、中国人の心をもち、グローバルな市民である子どもを育成。
特徴①自然環境に恵まれているので、保護者と一緒に小動物の飼育、野菜の栽培などの体験ができる
②大学付属園なので、就学前教育の研究と実践の一体化が実現。
①国際クラスと国内クラスが同じ園庭で活動するグローバルな園。
②モデル園ゆえ、先駆的な試みが奨励されている。
規模2歳~6歳、490名中国人クラス:13クラス
国際クラス :8クラス
2歳~6歳、園児500名
教師の資格
専門性
園の教職員60名。40歳以下の教師が75%。教員全員資格をもつ。8%が修士。75%が学士。100%の学歴は学士あるいは修士。たくさんの教師が国や市で受賞。76%の教師が英語ないし、芸術などの得意分野がある。95%の教師はパソコンを操作することができる。
※代表的あるいは典型的な事例ではなく、あくまでも1サンプルとして参考にしていただきたい。
1.大学付属幼稚園:「二代目エリート」の子どもたち

まず訪問したのは、上海屈指の重点大学の付属幼稚園です。公立1級園で、園児のほとんどが大学関係者の子どもたちです。笑顔でお出迎えしてくださったのは、付属幼稚園の園長先生。通常、その幼稚園に入るには、守備室にある監視カメラで、登録された顔写真との照合が要求されますが、園長先生が付き添ってくださったおかげで、我々はノーチェックで入園できました。園児の安全を確保するためのセキュリティシステムは、日本よりはるかに厳重です。

園に入ると、広い園庭が目に入り、様々な大型遊具が目立ちます。龍の頭がデザインされたジャングルジムや、「万里の長城」という名の長いロープ型の玩具は、子どもたちが腕、足の筋肉を鍛える遊具として紹介されました。園長先生の話によりますと、近年、上海の子どもの運動能力が低下しているので、幼稚園の中では、園児の腕力と脚力を鍛える活動を行うために、このような遊具を取り入れているそうです。

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万里の長城と命名された遊具:上段は年中、年長さん、下段は年少さん向けの異年齢活動玩具。

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園児の投票で設置が決まった龍の頭の遊具

●伝統的な文化に親しみ、中国人としてのアイデンティティを育成●

保育室のある建物に入ると、江南地方の特色ある風景画が壁一面に描かれています。中に進むと、中国の古典をモチーフした飾りがあちらこちらに飾られています。図書館のデザインも江南地方独特の味があり、上海出身の私にとっては、その雰囲気がとても落ち着いていて、心地よい場所に感じられました。飾りだけではなく、園の活動のなかにも伝統文化、芸術を取り入れています。習いごとで中国の子どもに人気の中国の書道教室も、週に1回、園児を対象に無料で授業が行われています。講師は書道家の保護者と書道協会のボランティア1人だそうです。

教育部が発表し2014年に実施された「中華優秀伝統文化教育指導綱要」では、学校段階の教育の中に伝統文化の教育を入れるように定められました。この流れを受けて、幼稚園の教育の中でも、伝統文化に親しみ、中国人としてのアイデンティティを育成する動きにつながったと思われます。後述するインターナショナル幼稚園でも、同じようなアイデンティティ教育が行われています。

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園にある中国的な飾りの数々

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江南風の図書館書道室


●親子の共同活動●

在園児の保護者は大学関係者なので、専門家集団である保護者というリソースがこの園にとっては宝物です。その優位性を生かす幼稚園の取り組みとして、2つ紹介されました。

1つは、春、夏、秋、冬、いつでも花が咲いている園自慢の園庭にある花壇です。その花壇は、植物研究の専門家である園児のおじいちゃんによってつくられたものです。季節に合わせて、花の種類を選び、子どもたちと一緒にお花を植え替え、育てて、共同活動を行っています。

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植物研究の専門家である園児のおじいちゃんが作った花壇

もう1つは、科学実験室にある親子手作りの実験セットです。年に一度、園で科学実験のコンクールが行われるそうです。保護者と子どもは、「どんな実験をするのか、どんな道具を使うのか」を決め、幼稚園に実験道具を持ち込み、みんなの前で発表します。コンクールで優勝作品に選ばれた実験セットは、「科学実験室」に展示され、希望すれば、ほかの園児もその器具を使って実験ができる仕組みとなっています。

2.インターナショナル幼稚園:中国人としての心、グローバルな感覚をもつ市民を育てる

この幼稚園は、各国の大使館が密集する地域に位置しているため、園児の三分の一は中国以外の国籍をもつ子どもです。校舎の廊下に「中国心的世界小公民」というスローガンが掲げられています。「中国人としての心をもちながら、世界に通じる市民」という意味で、この幼稚園の教育の目標にもなっていると言えましょう。

中国人としての心を育てるには、先述した幼稚園と同じ取り組みで、中国の伝統的な文化に触れ、体験することに重きがおかれています。伝統的な衣装を身にまとい、その時代にタイムスリップするような感じで、書道をしたり、水墨画を描いたり、伝統楽器を演奏したりする活動も多々ありました。

前述した大学付属幼稚園と同じように、中国人としてのアイデンティティ教育はしっかり行ったうえで、グローバルに通用する人材としての教育の両方が備えられています。園児の半分が外国籍の子どもであるため、中国語と英語でのバイリンガル教育も行われています。自由活動を一例にみてみますと、中国の伝統的な書道コーナー、楽器コーナー、自由創作コーナー、電子黒板で英語の単語を学ぶコーナーなど、たくさんの活動場所が設けられ、子どもたちが自由に選択することができるようになっています。

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●示範園ならではの先駆的な取り組み●

園長先生は、特級教師(注2)で、大変チャレンジ精神旺盛なチャーミングな女性です。大胆かつユニークな発想のもと、様々な取り組みをされています。

案内されたのは、科学の部屋です。望遠鏡、実験道具などがずらりと並べられた机は、円形のデザインで斬新な感じですが、実はこの屋根裏部屋は本来倉庫だったものを、現在の園長先生の提案で改築されたようです。同じ部屋の一角に、宇宙飛行士である保護者が作ったロケットと宇宙船内の模型も展示されています。「子どもたちを本物の科学に触れさせることが大事だ」と園長先生が誇らしく説明をしました。ここでも保護者が園の活動に積極的にかかわっている様子が伺えました。

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宇宙飛行士である保護者が製作した模型(左と右ともに)

そして、次に案内された調理室でも、斬新なアイディアに驚かされました。作られたばかりで未使用ですが、とても現代的で高級感あふれるキッチンです。外見だけではなく、機能的にも優れています。キッチンの台が、子どもの身長に合わせてリモコン操作によって高さ調節できるのです。さらに、カメラをつけて、子どもたちの料理のプロセスを録画することができるようになっています。料理するプロセスを録画することで、教師が指導の振り返りや、親への報告の際に素材として使えるのです。上海では初の試みだそうです。

この園も前述した大学付属園同様、園の装飾、子どもの作品に中国伝統文化を反映しているものが多く見られます。また、子どもたちは古い時代の衣装をまとい、なり切って中国固有の楽器を演奏する活動もありました。

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動画の撮れる調理室

まとめ

◆遊びを中心とした幼児教育は定着してきたが、課題も

地域差、幼稚園の差はあるものの、遊びを中心とした幼児教育は上海において定着してきたといえましょう。

以下は公立幼稚園の時間割です。

7:30~8:30登園
8:30~9:15自由活動
9:15~9:30朝のおやつ
9:30~10:00学習活動
10:00~10:45遊び、分室活動
10:45~11:00自由活動
11:00~12:00ランチ、散歩、自由活動
12:00~14:30昼寝
14:30~15:00起床、おやつ
15:00~15:30外遊び、集団遊び
15:30~16:15個別学習、選択カリキュラム
16:15~16:30自由活動、降園

上海の公立幼稚園では、現在、一日の活動の中で、「集団活動を40分、遊び(運動、コーナー遊びを含む)を2時間ほど」確保しなければいけない規定があります。15年ほど前、筆者の息子が通った幼稚園の一日のスケジュールと比べて、その差は一目瞭然です。(注3)

またその遊びの中身も一変しました。一昔前の「先生が定めた内容での遊び」から、「子どもの発達、興味関心を尊重する遊び内容」に転換し、子どもが自由にコーナー遊びの種類を選択することも許されるようになりました。まだ改善すべき点は多々ありますが、大きく前進したと感じます。

しかし、課題も依然として存在します。幼児期では遊び中心の園生活ですが、小学校に入学すると、いきなり勉強中心の生活となります。遊びを中心とした幼児教育を経て、学習品質(学びに向かう力)がどのように身につき、小学校以降の学びにどうつながるか、といった小学校以降への連携の在り方やギャップをどう埋めるかが中国にとっても課題となります。

◆今後への示唆

中国と日本はとなり合わせの国で、幼児教育についても常に交流がありました。特に近年、中国で遊び中心の幼児教育を推進していることで、中国の幼児教育関係者が数多く日本に視察に来ています。日本の実践や理念を学び取ろうと、一生懸命です。

しかし、冷静に考えれば、日本も中国からたくさん学ぶことがあるのではないでしょうか。中国では中央政府が幼児教育を重視し、教育予算も年々増えています。少々乱暴と感じられるくらいダイナミックに、大胆に様々な実験、改革を試みています。地域の格差、園のレベルの格差はあるものの、先進的な取り組みはどんどん奨励され、その勢いは止まりません。ヨーロッパや北欧の有名な幼児教育実践を見学しにいくのもいいですが、同じ儒教文化で、同じ地域にあるアジアの国に目を向けて、自国の子どもによりよい教育とは何かを、考える時期に来ているのではないでしょうか。

次回は中国で訪問したご家庭での子どもの様子や親子の関わりについて、レポートいたします。どうぞご期待ください。


  • 注1:中国では幼稚園の質を評価するシステムが大変厳格に行われています。レベルの高い順から、示範幼稚園、一級、二級と続きます。その評価基準としては、建物、教員の学歴、カリキュラム、日頃の活動内容、親の評価など、ハード面、ソフト面の両面で、幼児教育関連の専門家による評価です。
  • 注2:特級教師とは、中国政府が小中学校で優れた教師を表彰するために作られた制度で、専門性が高い上、優れた実績を評価される教師のみ得られる名誉ある称号です。
  • 注3:10数年前の幼稚園の一日 https://www.blog.crn.or.jp/lab/01/02.html
7:30登園
8:00朝食
8:30~12:00歌や数のお勉強(途中おやつの時間やちょっとの遊び時間あり
12:00昼食
12:40~15:00昼寝
15:00~16:30お勉強(モンテソーリ教室、音楽教室など)
16:30~17:00夕食
17:00お迎え

    参考文献
  • 1.幼稚園教育指導綱要(試行).教育部2001年
  • 2.3歳~6歳児童学習と発達ガイドライン(2010年).教育部
  • 3.中華優秀伝統文化教育指導綱要.教育部2014年
筆者プロフィール
aiping_liu.jpg劉 愛萍(CRN主任研究員)

CRN主任研究員、ベネッセ教育総合研究所主任研究員、日本子ども学会常任理事、おもちゃコンサルタント。
1996年に(株)ベネッセコーポレーションに入社。語学事業の立ち上げ、教材編集、マーケティング等を経て、教育研究部門に。2003年よりChild Research Netに所属。
これまで関わった主な研究、発刊物は以下の通りです。
『「子ども学」から見た少子化社会~東アジアの子どもたち』(2006年)、『遊びのレシピ集(DVD)』(2011年)、『東アジア子ども学交流プログラム』(2007年~2014年)、『ECEC(Early Childhood Education and Care)研究』(2013年~2015年)、『国際視野下の学前教育』(華東師範大学、2007年、p262-277、翻訳)など。
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