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仮親の現代的意味は?

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最近CRNに掲載された松本亜紀さんの仮親についての論文を興味深く読みました。論文からも分かるように、子どもの発達の節目ごとに、肉親以外の複数の人を仮の親(仮親)と定め、それらの複数の仮親が、その子どもの成長に寄り添ってゆくという制度です。現代では松本さんの記事のように一部の地域にしか残っていない制度です。

でも、なぜ仮親といった制度が成立してきたのでしょうか。そして現在は廃れてしまったのでしょうか。実は最近私が読んだ有名な伝記小説の中にそのヒントがあるように思いました。有名な伝記小説とは、森鴎外の「渋江抽斎」です。

渋江抽斎は江戸末期に実在した、弘前藩の御殿医でした。医師であると同時に、古書を読み解いて歴史を研究する「考証学者」でした。弘前藩に属していましたが、江戸にいることの多かった藩主に従って、54歳でなくなるまで江戸住まいでした。鴎外の晩年の作として名高い「渋江抽斎」ですが、鴎外が小説というより正確な伝記といったほうが良いこの作品を書いた理由は、作品の中で鴎外自身が語っています。鴎外は江戸時代の歴史に大きな関心をもっており、武鑑とよばれる大名や将軍の家系や年代記を記録した古文書を買いあさっていました。しかし古文書を収集するうちに、多くの古文書がかつて渋江抽斎という医師の蒐集物であっただけでなく、そこに抽斎自身による細かな注釈が施されていることを知ったのです。決して歴史に名を残したわけでもないこの江戸時代末期の考証学者に関心をもった鴎外が、生存していた抽斎の息子さんなどから収集した情報が、鴎外の晩年の名作のもとになっています。

「渋江抽斎」を読むと、江戸末期の人の生き方や考え方が伝わってきますが、私の印象に残ったのが、人々が年齢に関係なくいとも簡単に死んでしまうことでした。抽斎は4人の女性を妻としましたが、そのうち2人は結婚してすぐの死別、4人の妻との間に生まれた10人の子どものうち3人は生まれてすぐに亡くなり、さらに2人は若くして亡くなっています。抽斎の生涯にもった家族14人のうち、抽斎がなくなる54歳時点で生き残っていたのは、6人のみでした。

現在の日本の乳児死亡率あるいは5歳以下死亡率は、1,000人につきそれぞれ2と3です。これは1000人生まれた子どものうち1歳の誕生日あるいは5歳の誕生日までに亡くなる子どもの数です。世界全体では、乳児死亡率の平均は35、5歳以下死亡率は48ですから、世界の中でも、日本は子どもの生命の安全性が高いところなのです。

抽斎の生きた江戸末期の統計はありませんが、親も子もいつでも死別してしまう可能性が高い時代だったのです。親と死別すれば、誰かが子どもの世話をしなくてはならない、また跡継ぎの子どもが早世すれば、誰かを跡継ぎにしないと家が断絶してしまうのです。そんな時代に、お互いに複数の子どもの仮親を子どもの成長のさまざまな折に決めておけば、家族や一族が離散したり、子どもが路頭に迷うことを防ぐことができます。

仮親は、そうした時代の人々の知恵の結実であり、現在ではその実質的な利点が薄れてしまい、仮親制度が次第に消え去っていったのではないでしょうか。

子どもの命の危険がなくなり、江戸時代の仮親が多分もっていた役割はなくなりましたが、同時に一人の子どもに多くの大人が親身になって関わるという人のネットワークがなくなってしまったのです。子どもの心や人間関係の問題が社会の大きな懸念として浮上している今、もう一度仮親制度のようなネットワークの意味を考えてみる必要があるのではないでしょうか。

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学副学長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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