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名誉所長ブログ

Koby's Note -Honorary Director's Blog

「子育ての社会化」を支援する

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子育ては本来、親の責任である。しかし、どういうわけか、社会が豊かになると親の子育て機能が低下すると言われている。私が、そのことを実感したのは、1954年(昭和29年)、大学を卒業して半年ほどたち、アメリカのクリーブランドのカトリック病院でインターンをしているときのことだった。

秋の夕日がエリー湖の彼方に沈む頃、救急室で当直をしていた私のところに、白人の母親がきつい顔で「我が子がベッドから落ちた」と子どもを抱きかかえて、入ってきた。細かく診察してみると、身体のあちこちに新旧の傷あとがあった。ついで、左手を持ち上げると、大きな声で泣いた。早速レントゲン写真をとってみると、左の上腕に骨折が見つかった。他にも、治りかかった古い骨折のあとがあった。インターンの私は、当直にあたっていた先輩の医師に報告した。彼はすぐに診察をし、その後、市立病院でもある大学病院に送ると言って電話をかけ始めたので、私は驚いた。彼は「子ども虐待(Child Abuse)」だと言うのである。インターンが始まって間もない私はまだ知らなかったが、当時、豊かなアメリカでは「子ども虐待」が増え始めていた。様々な事情を考えて、先輩の医師は、行政と連携している市立病院に連絡をとったのであろう。

それから5年程たった1961年、ニューヨークで開かれたアメリカの小児科学会でC. Henry Kempe医師が「Battered Child Syndrome(被殴打児症候群)」として「子ども虐待」の症例をまとめて発表した。アメリカでは、これを契機に、「子ども虐待」が社会病理のひとつとして認識されるようになっていったことはよく知られているが、1962年に私がロンドンのグレート・オーモンド通りにある子ども病院に留学していた頃、イギリスでも「子ども虐待」が問題になり始めていた。その頃、あるイギリスの小児科医が、私に「子どもに優しい日本では、『子ども虐待』 の事例はあるのか」と尋ねてきたことがある。私は当時、そのような話は見聞きしたことがなかったので、誇らしげに「No」と断言したことを思い出す。しかし、日本でも少し遅れて「子ども虐待」の症例が出現し、日本小児科学会で問題になり始めた。私がイギリスから帰国して間もない1960年代後半、東大の小児科でも「子ども虐待」の患者が入院したことを記憶している。周知のとおり、日本経済が戦後の荒廃から立ち直って、社会が急速に豊かになった時期のことである。

親子関係、特に母子関係が失調すると様々な子育て上の問題が起こるが、「子ども虐待」はその極限のかたちである。このような状況では、親に代わって社会が子育てを担うことが必要である。場合によっては、経済的な事情から、また、母親の孤立を防ぐために、母親の就業を支援することが求められることもあるだろう。しかしながら、子育ての在り方は多様であり、個々の状況に応じた方法で対応しなければならない。また、余りにも子育てを社会化しすぎると、親子の相互作用の機会が減少することも考慮する必要があるだろう。

このように、「子育ての社会化」が今のわが国にとって大変重要な問題であることは確かだが、この「子育ての社会化」を支援している新聞社があることは、ご存知であろうか。それは、読売新聞社である。読売新聞社では大阪本社が中心となって、10年ほど前から子育て講演会を行っていたが、2007年から「よみうり子育て応援団大賞」として、公募を行い、いろいろな子育て支援の団体を、賞金とともに表彰している。

今年、第7回となる2013年「よみうり子育て応援団大賞」には、全国各地から、大賞を希望する137団体と、奨励賞を希望する131団体の合計268団体が応募した。予備選考、一次選考を行って、大賞候補6団体、奨励賞候補14団体が残り、最終選考委員会が開かれ、大賞1団体と奨励賞2団体が選ばれた。全てが甲乙つけがたかったので、残念ながら受賞できなかった団体の中から、選考委員特別賞として、2団体が選ばれた。

今年の大賞に選ばれたのは、岡山県備前市の「NPO法人子ども達の環境を考える ひこうせん 」であった。古い民家を拠点として親子が集う広場や、父親向けの講座、育児相談等を行っている団体で、昨年の利用者は延べ9,700人にのぼったという。目指しているのは、子どもの育ちを社会全体で支える「子育ての社会化」そのもののようだ。大学や行政、企業、他の子育て支援グループと連携し、支援のあり方をともに考える取り組みは、これまでにないものであると高く評価された。

次に、奨励賞の2団体であるが、一つ目の、岐阜県高山市の「わらべうたの会」は、飛騨地方のわらべ歌を親子で学ぶ取り組みをしており、郷土の文化や暮らしを次の世代へ継承する重要な役割を果たしている。子どもの成長や心の発達ばかりでなく、親子のふれあいも応援するという、この賞の趣旨にふさわしい活動であると思った。

奨励賞の二つ目、京都市伏見区の「父活project(ちちかつぷろじぇくと) 」は、子どものおもちゃ作りを通して、お父さんの地域参加を進めるグループである。お父さんのための子育て支援活動は増えているが、男性が参加しやすい「ものづくり」に着目している点がとてもユニークであると評価された。

最後に、選考委員特別賞に選ばれた2団体であるが、北海道倶知安町の読み聞かせの会「ぐりとぐら」は、絵本の読み聞かせの会から発展し、幼稚園や学校でお話し会を開くなど、言葉の力を育む活動をしてきた。大阪市中央区の「特定非営利活動法人 プール・ボランティア 」は、障害がある子どもたちにもプールで楽しく安全に泳いでもらおうと、様々な取り組みを行っている。いずれも、長年、地道な活動を続けている点が評価されて、選考委員特別賞の受賞となった。残念ながら、賞金はついていない。

私は、読売新聞社大阪本社のこの運動に当初から関係し、「よみうり子育て応援団大賞」となってからは選考委員長を務めさせて頂いている。ぜひ、この素晴らしい運動があることを知って頂きたいと思い、ブログにとりあげた次第である。
筆者プロフィール
kobayashi.jpg小林 登 (CRN名誉所長、東京大学名誉教授)

医学博士。CRN名誉所長、東京大学名誉教授。国立小児病院名誉院長。
日本医師会最高優秀功労賞(1984年11月)、毎日出版文化賞(1985年10月)、国際小児科学会賞(1986年7月)、勲二等瑞宝章(2001年秋)、武見記念賞(2003年12月)などを受賞。  

主な著作は、小児医学専門書以外には『ヒューマンサイエンス』(中山書店)、『子どもは未来である』(メディサイエンス社)、『育つ育てるふれあいの子育て』(風濤社)、『風韻怎思―子どものいのちを見つめて』(小学館)、『子ども学のまなざし』(明石書店)その他多数。
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